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2005年11月 8日 (火)

ジダンこそ世界最高のはげサッカー選手。

anelka_01 サッカー・フランス代表にあのニコラ・アネルカ選手(26歳、フェネルバフチェ=トルコ)が復帰しました。2002年11月以来の召集です。このニュースを聞いたとき、私はジダンが代表に復帰したとき以上の衝撃を受け、同時に、興奮を覚えました。

想像を超えるプレーで観衆を魅了するこの天才フォワードは、若い頃から世界の第一線で活躍してきました。21歳で2000年の欧州選手権に出場し、優勝に貢献しました。ティエリ・アンリ(彼とアネルカはフランスのユース育成組織所属時代からの親友)やダヴィド・トレゼゲと並んで、将来有望な若手アタッカーとしてレ・ブルーの将来に希望を感じさせました。97年、パリ・サンジェルマンからアーセン・ヴェンゲル監督率いるアーセナルに移籍し、98-99シーズンには、デニス・ベルカンプとツートップを組んで、35試合で17得点を挙げました。

しかし、彼は性格に大きな問題を抱えていました。そう、アネルカの肩書きには必ずといっていいほど、「問題児」や「悪童」というレッテルがついて回るのです。99-00にレアル・マドリーに移籍するも、19試合2得点と期待を大きく裏切りました。当時のレアルのキャプテンであるフェルナンド・イエロは、「僕はチームメイトになったほとんどの選手といい関係を築いてきた。だけど、ただ1人、例外があった。それはアネルカだ。彼は誰にも心を開くことがなかった。」と語っていました(実際には、フランス代表のチームメイトであるクリスティアン・カランブーなどが彼を可愛がっていましたが)。この性格の問題、勝手に練習を休むなど、チームの規律を省みない態度、歯に衣着せぬ奔放な発言が、アネルカのキャリアに影を落とします。メディアとの関係も日に日に険悪なものへと変わっていきました。レアルを1年で去った後は、パリSGに復帰します。彼は低迷するチームの中にあって、「愛するクラブのために」孤軍奮闘します。慣れないトップ下を勤めるなど献身的にプレーし、自らキャプテンマークを巻くこともありました。彼の性格にも改善の兆しが見られた頃です。その後、リヴァプール、マンチェスター・シティと移籍を繰り返し、今年の1月からはフェネルバフチェでプレーしています。

彼はフランス代表からも徐々に縁が遠くなっていきます。02年の日韓ワールドカップにはエントリーされず、同年11月には、けがで代表召集を辞退した選手の代わりに、彼が追加召集されましたが、「人数合わせの招集には応じない」と言ってこれを辞退。以後、アネルカが代表に呼ばれることはなくなりました。彼は今年4月にも、「何十人負傷者がいようと、レイモン・ドメネク監督は私を選ぼうとしない。 ドメネクが指揮している限り、私は再びレ・ブルーでプレーするつもりはない。」と語っていました。

しかし今、アネルカは再びレ・ブルーに袖を通すことになりました。今の代表は深刻な得点力不足に悩んでおり、それを打開する切り札として、天才の呼び声高く、今なおトップフォームを維持し続ける彼が呼ばれました。まだ26歳。親友アンリと共に、レ・ブルーに多くのゴールとスペクタクルをもたらすことを期待しています。

(この記事は、『その男、天災につき ニコラ・アネルカ選手ファンサイト』を参考にしました)

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