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2007年7月19日 (木)

この記事を「ガゼッタ・デッロ・スポルト」に載せたいですね。

2007071600000949reuspoview000 アジアカップに参戦中のサッカー男子日本代表は、グループリーグの初戦、カタール戦を引き分けたものの、続くアラブ首長国連邦、ベトナム戦を連勝し、グループBを1位で決勝トーナメントに進出しました。

 

イビちゃん率いる日本代表の未来は明るい……と思いきや、残念な知らせが届きました。

 

日本代表、次なる準決勝の相手は……

 

 

オーストラリア

 

 

そう、昨年のドイツW杯で、「日本サッカー史上最悪の屈辱的敗戦」を喫した相手です。

 

がんばってグループリーグを1位通過したのに、天中殺のめぐり合わせによって、超格上とぶつかる……

 

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はっきり言って、勝てる見込みは薄いです。今大会のオーストラリアは不調で、グループリーグは1勝1分1敗の2位通過でした。とはいえ、第3戦のタイ戦を4-0でタイ勝していますし、何より、オーストラリアの選手は日頃から「世界最強リーグ」に数え上げられるイングランドやイタリアでプレーしており、しかも多くの選手が所属クラブでレギュラーに名を連ねています。

小笠原がメッシーナで、大黒がトリノで戦力外扱いを受ける一方で、マルク・ブレッシャーノはパレルモで、ヴィチェンツォ・グレッラはパルマで主力として活躍しているのです。

 

 

今の日本代表のメンバーでは、W杯でイタリアをギリギリまで苦しめたオーストラリアには手も足も出ないでしょう。

 

イビちゃんは、私が以前、提唱した日本代表のベストメンバーを編成すべきでした。そのメンバーこそが、いかなる困難にも立ち向かえると確信できるからです。

今回は、そのレギュラーメンバー11名のリザーブとなる、最高の12名のメンバーを紹介したいと思います。

 

それでは、私の妄想をご鑑賞ください。

 

 

GK

973 荒谷弘樹(大宮)

31歳。2004年に大宮の正GKの座を獲得すると、驚異的な反射神経と運動神経、冷静な視野を生かし、大宮のゴールに「鍵を掛ける」鉄壁なセービングでJ1昇格に貢献。その後もレギュラーの座を確保し続けている。富山が産んだ「シュマイケル2世」。

 

 

DF

963森岡隆三(京都)

31歳、Aマッチ38試合。トルシエジャパンの3バックの真ん中で「フラットスリー」をコントロールした男。日韓W杯ではキャプテンマークを巻いたが、初戦のベルギー戦で負傷退場し、以後、レギュラーの座を宮本に明け渡す。フェイスガードをつけた宮本が国民的な人気を博したことは記憶に新しいところ。宮本はこれをきっかけに、コインブラ体制でもキャプテンを務め、「日本代表のアキレス腱」として守備面で足を引っ張り続けた。森岡の負傷は後に、日本サッカー界にとって大きな損失という代償を払わされることになる。森岡はコインブラジャパンでも召集されていたが、2003年のアルゼンチン戦で1-4と大敗したことを機に、秋田、名良橋とともに代表を追放された。昨年は前所属の清水で出場機会に恵まれず、今季からは秋田と共にJ2京都でプレー。これも何かの縁か。

 

1012 田中誠(磐田)

31歳、Aマッチ32試合。その風貌から察せられる通り、堅実で安定感あるプレーが持ち味。コインブラ体制下でドイツW杯の最終登録メンバーに残ったが、合宿地で怪我し、代表を離脱するという不運に見舞われる。「無念のマコさん」が帰国したニュースは、サッカーファンにすらほとんど関心を持たれなかった。代わってハワイからバカンス中の茂庭(FC東京)が召集されたが、オーストラリア戦では途中出場もまったく役に立たず、途中交代させられる。そのとき、良識ある代表サポーターは「マコさんの不在が響いた」と痛感したことだろう。

 

3870_1 田中マルクス闘莉王(浦和)

26歳、Aマッチ5試合1得点。いろんな意味で対戦相手に脅威を与える、昨季のJリーグMVP。フィジカル、空中戦、洞察力、カバーリングとディフェンスに必要な資質は全て備えているが、このブラジル人DFの最大の魅力は、なんといっても高すぎる攻撃意識。セットプレー時はもちろん、流れの中でも当たり前のように、攻撃的MFのような振る舞い方で攻撃参加し、ゴール前で絶妙なポジショニングを見せる。チームが劣勢に立たされているときに、フォワードの位置に入ることは、もはや暗黙の了解。これほど攻撃能力の高いリベロは、ベッケンバウアーかフリット、マテウス以外に思いつかない。その髪型にも定評があり、NHK衛星第一で放送中の「Jリーグタイム」のキャスター、枦山南美は、闘莉王の髪型について、「素敵ですよ」とコメントした。その日の放送の解説席には、宮沢ミシェルがいたから、フォローとごまかしの意図が含まれていただろう。田中「マルクス」だけに、愛読書は「資本論」。

 

1259松田直樹(横浜Fマリノス)

30歳、Aマッチ40試合1得点。抜群のキャプテンシーと身体能力、戦術眼、そして攻撃センスを持つ熱血漢リベロ。今季は膝の手術で出遅れたものの、戦列に復帰するとその際立つ存在感で、チームの闘争心を奮い立たせた。同級生でアトランタ、シドニー五輪チームでも共に戦った中田英寿とは固い信頼関係で結ばれており、中田ヒデはドイツW杯の直前に、コインブラのブラックリストに載っていた松田の代表復帰を直訴したという話は有名。

 

MF

400854 細貝萌(浦和)

21歳。北京五輪を目指すU-22男子日本代表候補。MF登録だが、ディフェンダーにも高い適性を見せるユーティリティプレイヤー。所属の浦和では厚い選手層に阻まれ、昨季までは出場機会が少なかったが、今年はコンスタントにピッチに立っている。その名前は一見、秋葉原でよく耳にする単語と同じに読めるが、実は、「萌」と書いて「はじめ」と呼ぶ。その意外性を買って代表に抜擢。浦和では「ハジ」と呼ばれるが、U-22代表のチームメイトには「もえちゃん」という、ふざけたあだ名をつけられているらしい。

 

1013藤田俊哉(名古屋)

35歳、Aマッチ25試合3得点。常勝時代の磐田で攻撃の要として長く君臨し続けたプレーメーカーは、今季、前人未到のJ通算400試合出場の金字塔を打ち立てた。2001年にJリーグMVP、ベストイレブン3回、中山雅史とならぶ14年連続得点(通算99得点)などの記録を持つ。卓越したパスワークと共に、ゴール前での神出鬼没の動きにも定評があり、エリア内でワンタッチでのゴールを決めることが多い。2003年のユトレヒト(オランダ)移籍を機に、コインブラに代表召集されるようになったが、2005年に名古屋に移籍してからは、全く代表に縁がなくなった。その容姿は、民主党代表代行の菅直人に酷似している。

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菅直人(民主党代表代行)

国会議員。サッカー選手ではありません。

 

 

 

 

996三浦淳宏(神戸)

32歳、25試合1得点。2005年に所属の神戸がJ2に降格した際には、ドイツW杯出場の夢を半ば諦めてまで、「けじめ」と称して神戸に残り、1年でのJ1復帰を誓った。約束は翌年12月に叶う。福岡との入れ替え戦に勝利し、神戸のJ1昇格が決まったときに、キャプテン「男」アツが流した涙は、神戸サポーターのみならず、日本中のサッカーファンの胸を震わせた。現在はクラブ首脳との対立で出場機会を失い、主将の座も返上したが、このクラブの最大の功労者にして男の中の男を飼い殺し状態にしておくことは、サッカー界全体の損失に他ならない。18番の無回転フリーキックは世界レベルの威力。サイドバックからトップ下までをハイレベルでこなす、サッカーセンスの塊。コインブラ時代はほとんどが控えという立場ながら、それを忠実に受け入れ、チームの頼れる裏方に徹した、最高のチームプレイヤーでもある。

 

300377菊地直哉(元磐田)

22歳。世代交代が進む磐田の旗頭ともいえる存在。一昨年に新潟で武者修行し、昨年からはレギュラーに定着した。テクニックに優れ、センターバックからトップ下までをこなすポリバレントな能力を持つ。19歳の若さでアテネ五輪に出場するなど、将来を嘱望されていたが、現在は諸事情により所属チームがない状態となっている。

 

FW

1224鈴木隆行(横浜Fマリノス)

31歳、Aマッチ26試合8得点。日韓W杯ベルギー戦で「執念の右足つま先ゴール」を決め、魂のストライカーとしてその名を上げた男。W杯後、そのベルギーリーグのゲンクに移籍するが、「後半ロスタイムに出番が来る男」のレッテルを貼られるという不遇のシーズンに終始する。翌シーズン、同じベルギーのゾルダーに移籍し、チームを2部に降格させた後に鹿島に復帰。代表では鹿島の選手を偏重するコインブラのもと、不動のレギュラーに定着するが、あまりに決定力がないため、2005年のコンフェデレーションズカップを最後に代表を追放される。コインブラは鈴木に固執しすぎて、新しいフォワードの発掘がほとんど進まなかった。そのツケがドイツW杯での惨敗、そしてイビちゃんにも回っている。「体を張る」ということに関しては高い評価を得ているが、それ以外の要素はJ1でプレーするレベルにはないという印象。それは今季から所属するマリノスで、体のどこにも不具合がないのに、わずか3試合、172分(無得点)しかプレーしていないことで実証されている。Jリーグで足掛け11年、通算108試合で17得点を記録しているが、同僚のFW大島秀夫はJ1通算6年、77試合で17得点を記録している。

 

1309 西澤明訓(清水)

31歳、Aマッチ29試合10得点。日韓W杯では決勝トーナメントのトルコ戦で三都主とツートップを組み、W杯初出場を記録した。その試合で日本は無得点に終わり、早すぎる敗退を喫した。2000年にはJリーグのベストイレブンに選ばれるも、前期の最終節、勝てば優勝という大一番、しかも舞台はホームの長居という最高の状況で、川崎Fを相手にまさかの延長Vゴール負けを喫し、横浜Fマリノスに逆転で優勝をさらわれた。その苦い経験を晴らすチャンスが訪れたのは2005年。セレッソ大阪は33節を終えた時点で2位のガ大阪に勝ち点1差をつけ、首位に立っていた。5年前と酷似した状況で迎えた最終節の舞台はやはり長居。この決戦を前に、西澤は「僕たちは2000年にも今と同じように優勝を目の前にしながら、負けてしまった。その雪辱を果たす機会が巡ってきた。もし次の試合で勝てなかったら、僕らは負け犬だ」と発言した。そして迎えた最終節、FC東京戦、セレッソは満員の観衆に後押しされ優位に試合を進め、西澤の2ゴールで2-1とリードしていた。しかし、後半ロスタイムにFC東京・今野に痛恨の同点ゴールを喫し、悲劇の引き分けに終わった。最終節を前に首位に立っていたセレッソは、最終節を終えて、ガ大阪、浦和、鹿島、千葉に抜かれ、まさかの5位に転落した。「負け犬」となってしまったセレッソの悲劇は、これで終わらなかった。翌年、セレッソは最終節で負け、J2に降格した。ちなみにセレッソは、最終節でステージ優勝を逃した翌2001年にも、J2降格を喫している。西澤はチームのJ2落ちを見届けた後、「長年の夢だった」という地元・清水への移籍を果たした。

 

984 岡野雅行(浦和)

34歳、Aマッチ27試合3得点。97年11月のフランスW杯アジア第三代表決定戦、イラン戦で、岡野が延長ゴールデンゴールを決めた瞬間、あの「ジョホールバルの歓喜」が結実した。それ以来、「野人」の愛称は国民的な知名度を博した。かつては爆発的なスピードを誇り、「一人スルーパス」なる珍技も披露したが、近年はやはり年齢と共に身体能力は衰えている。しかし、ゲームを読む能力とテクニックは向上を見せ、浦和のスーパーサブとして右ウイングを主戦場に変わらぬ圧倒的な存在感を放っている。昨季はリーグ戦8試合101分、今季は6試合23分と、出場機会は激減しているが、浦和を弱小時代から支え続けたクラブの象徴は、今でもムードメーカーとしてチームメイト、サポーターから絶大な支持を受けている。

 

3857 大久保嘉人(神戸)

25歳、Aマッチ19試合。国見高時代からゴールを量産し、全国にその名を轟かせた早熟の天才ストライカーは、セレッソ大阪でもすぐにレギュラーポジションを獲得し、20歳にしてA代表に定着した。しかし、代表では2003年の東アジア選手権第三戦の韓国戦で前半早々にイエロー2枚で退場になるなど、本来の活躍ができず、2004年を最後に代表には縁がない。一時期はスランプに陥り、A代表、五輪代表の両方の選に漏れるという不遇の時期を迎えたが、アテネ五輪最終予選の日本ラウンドで五輪代表に復帰すると、貴重なゴールを重ねてアテネ行きの切符をつかんだ。クラブレベルでも勝負強さが光り、2004年にはセレッソ大阪で、2005年にはスペインのマジョルカで終盤戦に大活躍し、降格目前からの奇跡の残留の立役者になった。しかし、昨年途中に復帰したセレッソでは、チームを降格から救えず、神戸に新天地を求めた。最近は、移籍騒動に巻き込まれている「ヴィッセルの象徴」三浦淳に代わって、「セレッソを裏切った」形の大久保がゲームキャプテンを務めている。高校時代に慣れ親しんだトップ下にポジションを変えた今季は、9得点を決めるなどチームの主軸として活躍し、代表復帰への意欲を見せている。未だ果たされない代表初得点の瞬間が待望される。「瞬間湯沸かし器」のような短気な性格が難点で、レッドカードコレクターとしても知られる。

 

 

 

以上、日本代表に最もふさわしい精鋭12名が、ベンチで虎視眈々と出番をうかがい、イビちゃんの大きな力になります。

 

この私の人選には、いろいろと批判、疑問、不可解な点、法律に触れる人物などがあるでしょうが、ちょっとした戯言として笑い飛ばしてやってください。

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