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2007年12月 2日 (日)

引退した秋田にもこの歓喜の輪に加わってほしかったです。

J1リーグは1日、最終の第34節が行われ、清水に勝利した鹿島アントラーズが見事、今シーズンのライコネン(フェラーリ)を彷彿させる大逆転優勝を果たしました。

バロンドールに最も近い男として知られる柳沢敦を擁する鹿島にとっては、実に10回目のメジャータイトル。この劇的な展開に、かつてない興奮を覚えました。

 

さて、この試合の鹿島の対戦相手の清水は、後半28分からフォワードの西澤明訓が交代出場しました。

これが鹿島の逆転スクデットを後押ししたという事実をみなさんはご存知ですか?

 

1309 2000年のJ1前期リーグで、西澤が当時所属していたセレッソ大阪が、第14節を終えた時点で首位に立っていました。セレッソは前期の最終戦に勝てば優勝が決まるところでしたが、この大事な試合で川崎に足元をすくわれ、目前で優勝を逃しました。

 

 

時は流れて2005年、セレッソは5年前と同じように、最終節を前に首位に立ち、優勝に王手をかけていました。舞台は5年前と同じホームの長居で、この試合を前に西澤は「今度こそ絶対に優勝するんだ。もしここで勝てなかったら、僕たちは負け犬になってしまう」と、強い決意をもってFC東京戦に臨みました。

試合は西澤が2得点を叩き出し、セレッソが2-1とリードした展開で後半ロスタイムを迎えました。しかし、試合終了間際にFC東京の今野に痛恨の同点ゴールを喫し、この大一番を引き分けたことによって、あと一歩のところで優勝をガンバ大阪に明け渡してしまいました。

西澤は不本意ながら、自分のまいた種で負け犬の称号を襲名することになっていまいました。

 

翌2006年、西澤のセレッソは最終節を前に降格圏内の17位に沈み、第34節の川崎戦に勝たなければJ1残留の目が消滅するという危機的状況に追い込まれました。

果たして、セレッソの2006年は最終節で降格が決まるという最悪の結果に終わりました。

2000年、2005年、2006年と、西澤のセレッソは最終節に負け犬となる悲劇を味わってきたのです。

 

そして2007年。西澤はセレッソを見捨てて、清水に移籍しました。チームは最終節を前に4位が確定し、優勝にも降格にも関わらないという気楽な状況にいました。

しかし、清水の対戦相手は、他会場(横浜FC対浦和)の結果次第(浦和の負けまたは引き分け)では、目の前の敵・清水に勝てば優勝が決まる鹿島。

鹿島はこの他力本願という条件ながら、スクデットに望みをつないでいるという大一番。カシマスタジアムは近年にない興奮に包まれていました。

この場所に、西澤は居合わせていました。

 

結果は周知の通り、鹿島は清水に勝って勝ち点3を積み上げ、優勝に王手をかけていたアジア王者・浦和は最下位の横浜FCにまさかまさかの敗北を喫し、鹿島は逆転で優勝を決めました。

自力優勝がなかった相手に、目の前で胴上げを見せ付けられるという、予想外の屈辱……この日、西澤はまたしても負け犬気分を味わうことになってしまいました。

 

西澤明訓という男、何かを持っています。

来年も最終節には、西澤のいるところに劇的な展開が待ち受けているかもしれません。

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