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2008年12月17日 (水)

ワールドサッカーオウンゴール 年末号。

皆さんこんばんわ。

年末ですね。

年の瀬の「ワールドサッカーオウンゴール」といえば、もちろん……

 

WSO誌が選ぶ!今年度のワールドサッカーベストイレブン!!

 

です。

それではご覧ください。

 

ゴールキーパー部門

 

ジャンルイージ・ブッフォン(ユヴェントス所属、イタリア代表)

アッズーリが惨敗に終わった欧州選手権において、輝きを放った数少ない選手。ルーマニア戦では、コカインを服用してテンションが上がったムトゥのペナルティ・キックをセーブし、引き分けに持ち込む。ジジのスーパープレーがなければ、チームはグループ・リーグ突破すらままならなかった。PKを止めた背景には、普段から愛して止まないギャンブルによって、洞察力が研ぎ澄まされたという要因があった。「聖イケル」ことカシージャス(レアル・マドリー所属。スペイン代表)も捨てがたかったが、ジジの第一子誕生を祝福する意味も込めて、栄えある選出となる。

 

ディフェンダー部門

 

カルレス・プジョル(バルセロナ所属、スペイン代表)

Carlespuyol スペイン代表の欧州選手権制覇を支えた、熱き闘将。これまで、クラブレベルではあらゆるタイトルを撮り尽くした男も、代表では思うようなパフォーマンスを見せられず、批判を受けることもあったが、遂に歓喜の時を迎えることが叶った。音楽の教科書には、このプジョルのような風貌の「偉大な音楽家」達が数多く掲載されているが、サッカーの歴史の教科書にも、いよいよプジョルの肖像画が見られることだろう。

 

 

ジョン・テリー(チェルシー所属、イングランド代表)

Johnterry400x300 ビッグイヤーを賭けた雨のモスクワで、キャプテンは濡れたピッチに足を滑らせ、あらぬ方向にペナルティ・キックを蹴ってしまい、涙に暮れた。チェルシーはUEFAチャンピオンズリーグの優勝を目前にしたが、テリーの失敗によって、勝利の女神は同国のライバル、マンチェスター・ユナイテッドに振り向いてしまった。しかし、彼には何の非もないだろう。「ブルーズの魂」が最終ラインでチームを鼓舞し、闘志溢れるプレーで敵の攻撃を食い止める防波堤となっていなければ、監督不在で混迷を極めたチェルシーが決勝まで進出することはありえなかった。責めるべきはむしろ、最後にPKを外したアネルカだ。

 

ニコラ・レグロッターリエ(ユヴェントス所属、イタリア代表)

かつて、ミラクル・キエーヴォの一員としてイタリア中を震撼させたセンターバックも、2003年に移籍した名門・ユヴェントスでは、名声に溺れ、夜遊びを繰り返すことでプレーの質が低下してしまい、結果を残すことができなかった。その後、移籍を繰り返していくうちに、すっかり忘れ去られた存在となってしまった。しかし、206年にカルチョ・スキャンダルでセリエBに降格したユヴェントスに復帰すると、徐々にパフォーマンスを取り戻し、2007-2008シーズンは当初、ラニエリ新監督の戦力構想外に近い状況だったが、巡ってきた出場機会でことごとく安定したプレーを見せ、レギュラーの座を獲得した。彼の復活は、EURO後にイタリア代表監督に再就任したリッピの目にも留まり、ついに久々の代表復帰を果たす。彼の「カムバック」を支えた最大の要因は、キリストを真摯に信仰する思想と、サッカーに対するストイックな姿勢だった。

 

ミッドフィールダー

 

マヌエル・ルイ・コスタ(引退、元ポルトガル代表)

3947567480socceruefachampionsleague 今夏、ピッチに数々の魔法を掛け、観衆を魅了し続けた稀代のファンタジスタが、蹉跌……ではなく、スパイクを脱いだ。優雅なプレースタイルと素晴らしい人間性で、所属したフィオレンティーナ、ミラン、ベンフィカと、全てのクラブのティフォシに愛された。ヴィオラではバティストゥータとのコンビでアルテミオ・フランキに数々の歓喜をもたらし、ミランでも司令塔として2003年のUEFAチャンピオンズリーグ制覇に貢献したが、同年夏に加入したカカにトップ下のポジションを奪われた後は、出場機会が激減。しかし、ルイはこの若きブラジル代表の活躍を妬むようなことはせず、アドバイスを贈るなどのサポートを全力で続けた。その甲斐あってか、昨年、カカはバロンドールを受賞するまでの選手に成長した。

今年5月に所属のベンフィカのホーム・スタジアム、ルスで引退セレモニーが行われる。暗くなったピッチに一人、ライトアップされたルイ・コスタが浮かび上がる様は、まるでディープインパクトの引退式のような美しさがあった。現在はベンフィカでテクニカル・ディレクターを務めるが、今なお絶大な人気を誇り、年末の有馬記念のファン投票でも多くの票を得ている。

 

エステバン・カンビアッソ(インテル・ミラノ所属、アルゼンチン代表)

Cambiasso202 2005-2006シーズンからのスクデット3連覇(参考記録)を置き土産に、マンチーニがインテルを去り、クラブは新監督に世界的名将のモウリーニョを迎えたが、カンビアッソは以前と変わらず、チームの心臓として中盤の軸に君臨し続けている。ただし、髪型は変わった。若い頃から気苦労が絶えず、頭髪が止めどなく後退していったが、遂に一念発起し、スキンヘッドとした。

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ファン・カルロス・バレロン(デポルティーボ・ラ・コルーニャ所属、元スペイン代表)

カナリア諸島出身の若者は、その優雅なプレー・スタイルから、「スペインのジダン」との異名をとり、かつてスペイン、そしてヨーロッパで隆盛を誇った「スーペル・デポル」の中心として君臨していた。しかし、2006年の1月、バレロンの身に悲劇が起こる。左膝に大怪我を負い、長期間の離脱を余儀なくされた。その後、ピッチに戻ってきては何度も怪我の再発に見舞われ、何と3度も左膝にメスを入れた。今夏にインタートト・カップでゴールを決め、チームにUEFAカップ出場権をもたらすが、未だ膝は本調子には戻らず、本格的な復活は果たしていない。しかし、ラ・コルーニャのファンは、誰もが待っている。再び、ピッチに立つ彼の笑顔を、毎週のように見られることを。

 

フォワード

 

ラウール・ゴンサレス(レアル・マドリー所属、元スペイン代表)

Raul_gonzalez_759010 彼は誰もが認める、「白い巨人」の象徴にして、偉大なキャプテンだが、近年は、2005年のエル・クラシコで負った怪我の影響もあって、本来のプレーが陰を潜めていた。2006-2007シーズンはカペッロ監督の下、奇跡の大逆転劇に貢献したが、シーズン7得点と、決して満足のいくパフォーマンスとは言えなかった。スペイン代表からもすっかり召集の声が掛からなくなり、限界説が囁かれて久しくなった頃、ラウールは突如、かつての輝きを取り戻した。いや、その前兆はサンチャゴ・ベルナベウに歓喜をもたらした時、既に見えていただろうか。2007-2008シーズン、4季振りの二桁得点を記録したばかりか、ゴール数を17にまで伸ばした。チームもリーガを圧倒的な強さで制し、ラウールの代表復帰を熱望する世論は沸点に達したが、フェルナンド・トーレス、ダビド・ビジャといった優秀なストライカーを抱えるアラゴネス監督は、遂にその決断を見送った。前主将が不在となったチームは、破竹の勢いでEUROを勝ち抜いたが、もし優勝が叶わなければ、当然のように、ラウールを呼ばなかった監督に非難が集中したことだろう。

代表監督はかつてマドリーを率いたデル・ボスケに代わったが、未だラウールの望みは実現していない。しかし、ラウールは決して諦めない。代表復帰も、マドリーのUEFAチャンピオンズリーグ優勝も、そして、もはや絶望といわれる、バルセロナを逆転してのリーガ制覇も。「スペインの至宝」は、31歳になった今も、若々しく、献身的に、そして貪欲に、ピッチを駆け抜ける。

 

ヘンリク・ラーション(ヘルシンボリ所属、スウェーデン代表)

430_larsson0 2007年1月、既に代表を引退し、ヨーロッパの表舞台から姿を消したと思われていたヘンリク・ラーションが、「赤い悪魔」のユニホームに袖を通して、オールド・トラフォードのピッチに立ったとき、誰もが目を疑っただろう。36歳のベテラン・ストライカーは、2ヶ月余りの短い期間、全盛期と何ら変わらないパフォーマンスを見せ、マンチェスター・ユナイテッドのファンに輝かしい記憶と勝利を残し、母国へと帰っていった。

そして、今度こそ、誰もがラーションはヘルシンボリで、プレイヤーとしての余生を静かに過ごしていると思っていた。しかし、今年5月、さらなる驚きが全世界のサッカーファンを直撃した。EURO2008に臨むスウェーデン代表のメンバーリストに、「ヘンリク・ラーション」の名前が載っていた。代表のラーゲルベック監督は、4年前にも代表復帰の要請に応えた男に、再び声を掛け、未だトップフォームを維持しているラーションも、最高峰の舞台に戻ることを望んだ。

本大会では、2004年のときのようなギロチン・ヘッドは炸裂しなかったが、エースのイブラヒモヴィッチを立てるかのように、攻撃のあらゆるシーンに絡み、チームを力強く牽引した。残念ながらスウェーデンはグループ・リーグで敗退したが、ラーションの心はまだ燃え尽きてはいない。大会後も、彼は母国の勝利のために、黄色のユニホームを身にまとい、ピッチに立つことを決意した。

 

 

アレッサンドロ・デル・ピエロ(ユヴェントス所属、イタリア代表)

 

Pro_10990_alessandrodelpierojuv アレッサンドロ・デル・ピエロといえば、稀代の芸術家「ピントゥリッキオ」にも例えられるような、華麗で繊細なプレースタイルで知られているが、彼のキャリアはむしろ、「ピサの斜塔」のように、決して折れない不屈の精神によって築き上げられたものだろう。

2005-2006シーズン、当時の監督カペッロは、ユヴェントスのキャプテンに、ベンチを温めるよう指示した。アレックスはこの不当な扱いに腐ることなく、練習から真摯に取り組むことによって常にコンディションを高め、恵まれない出場機会の中で、必ずといっていいほどゴールやアシストといった結果を出した。シーズン後のワールドカップ・ドイツ大会では、ユヴェントスを中心としたカルチョ・スキャンダルにイタリア中が揺れる中で、冷静にプレーを続け、準決勝で得点を決めるなど、アッズーリのビッグタイトル獲得に貢献した。

大会後、ユヴェントスは不正によってセリエBへの降格を命じられたが、キャプテンは真っ先にクラブへの残留を表明した。しかも、憧れのマンチェスター・ユナイテッドからのオファーを蹴って。慣れない下部リーグでの厳しい戦いの中で、33歳のアレックスは、全盛期でも見られなかったゴールへの嗅覚を武器に、セリエBの得点王に輝き、一年でのセリエA復帰の立役者となる。翌年も、UEFAチャンピオンズ・リーグ(CL)への出場権を争うチームを、ゴールという結果で引っ張り続ける。そんな最中、アレックスにはもう一つ、デル・ピエロを構想外としたイタリア代表監督ドナドーニに、考えを改めさせるという目標があった。そして、両手に花。ユヴェントスは3位に入り、CL出場権を獲得。そして、アレックスは自身初のセリエA得点王となり、2シーズン連続の個人タイトルとなった。34歳にしてキャリアの絶頂を迎えつつあるカンピオーネを、まさかドナドーニも個人の好き嫌いで召集外にするわけにはいかず、アレックスは1996年大会から4大会連続となるEURO出場を果たす。

そして迎えた今シーズン、CLの対レアル・マドリー戦、サンチャゴ・ベルナベウを舞台に、アレックスのキャリアのハイライトになり得るシーンが訪れる。スペインの盟主を相手に、直接フリーキックとミドルシュートで2得点を挙げたユヴェントスの10番が、交代でピッチを後にする際、ベルナベウの大観衆が、敵チームのヒーローに対し、スタンディング・オーベーションを贈ったのだ。「この瞬間は決して忘れない」と感激したアレックスだが、マドリディスタのこの反応は、デル・ピエロという選手の偉大なキャリア、この試合でのファンタスティックなプレー、そして、その尊敬すべき人間性と飽くなき向上心に対して、もたらされたものだったに違いない。

 

アントニオ・カッサーノ(サンプドリア所属、イタリア代表)

Antoniocassanosampdoria 17歳にしてセリエAデビューを果たし、名門インテル・ミラノから得点を決めて脚光を浴びた「バーリの悪童」は、ローマへの移籍によって名声と富を手に入れた。それ以後のカッサーノは、試合では天才的なプレーでチームに勝利をもたらす一方で、貧民街の悪ガキとして名を馳せた素性で多くの人に迷惑を掛けた。カペッロを初めとした監督たちはカッサーノの愚行(俗に言うカッサナーテ)に手を焼き、遊びに夢中になるあまりにプレーの質も低下したカッサーノに呆れ果てた「ローマの王」トッティは、弟のように可愛がっていたカッサーノに三行半を突きつけた。

追われるようにローマを去ったカッサーノは、世界的ビッグクラブのレアル・マドリーに移籍するも、スペインの水が合わず、追うようにマドリーにやってきたカペッロとも衝突し、チームから隔離された。そして、マドリーの感動的な大逆転優勝の様子は、テレビで見届けた。

巨大なる才能を、素行の悪さで持て余し、自己管理が出来ない故にぶくぶくと太っていたカッサーノは、「もはや終わった選手」と言われていた。そんな彼に救いの手を差し伸べたのは、サンプドリアのマッツァーリ監督だった。

マッツァーリの元で身体を絞り、戦術的自由を与えられたカッサーノは、トッティと共にピッチで躍動していた頃のキレを取り戻した。キレが良さ過ぎて、今年3月には審判に対してキレて悪態をつき、審判にユニホームを投げつけるなどして5試合の出場停止を喰らうなど、相変わらずな面も見せたが、この天才の復調は、イタリア代表監督ドナドーニの心を動かし、EUROのメンバーに名を連ねた。本大会では得点こそなかったが、随所でファンタジー溢れるプレーを見せ、不発に終わった攻撃陣の中で数少ない、可能性を感じさせる存在となった。

EURO後はいま一つ、プレーに精彩がないカッサーノだが、最近出版した自伝では、赤裸々な内容を物議を醸している。その中で、かつての恩師カペッロについて、こんな記述がある。

「(レアル・マドリー時代のカペッロはカッサーノに対して、試合中)無駄にアップさせて使わない。だから言ったんだ。

『あんたはモノポリーの金よりひでえインチキ野郎だ』ってな」

 

 

 

いかがでしょうか。後半はだんだん熱くなって書いてしまいました。思い入れが強い選手ですから。

 

さて、次回は近日中に、

「ワールドサッカーオウンゴール誌選定ベストイレブン Jリーグ編」

をやります。

乞うご期待しないでください。

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コメント

レグロッターリエもそうですが、我がユーヴェでは昨季最悪のパフォーマンスだったチアーゴもフィットしつつあるようです。 


うーん、サッカーって難しいですね・・・

投稿: もっじ | 2008年12月17日 (水) 14時28分

レアルが低迷しています。
これは問題です!

投稿: くらも | 2008年12月17日 (水) 16時17分

もっじさん。
チアゴはなぜラニエリに認められたのでしょうね。普通なら、昨シーズンの中盤くらいから、全く出番がなかったのなら、夏の移籍市場で放出されたでしょうに。チアゴと共に、昨年夏に鳴り物入りでユーヴェに入ったアルゼンチン人のアルミロンはモナコを経てフィオレンティーナに来ましたが、やっぱり控えです。

くらもさん。
レアル・マドリーは私が応援するクラブなので、現在の低迷、そして補強の失敗、監督交代と続く迷走には困ったものです。若い選手が苦しいときに頼りになりませんね。

投稿: ライト兄弟 | 2008年12月22日 (月) 03時04分

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