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2006年12月26日 (火)
ザジズゼZONE。
最近は寝ても覚めても伝説のバンドル(バンドでもアイドルでもない……それがバンドル!!)ZONEのことばかり考えている私ですが、今日はその中でも至高の歌詞を讃える曲を紹介します。
そう、伝説の名曲「僕の手紙」です。
まあまあ、何も言わずにここをクリックして歌詞を一読してくださいよ。
クリック詐欺ではないのでご安心を。私はそんなところに誘導するノウハウは持ち合わせていませんから。
いやいや、この曲の歌詞に目を通した読者の方は、すでに(滝のような)涙が止まらないことでしょう。「全米が泣いた!!」とはまさにこのようなことを言うんですね。
どうしてもこの曲を聴いてもう一度涙したい!!という方は、こちらで視聴できるみたいです。まあ、一度この曲を聴いてしまったら、98%の方は即ダウンロードしちゃいますけどね。
冗談はこのくらいにして、まじめに「僕の手紙」の感想を書きます。
この歌詞は、自分に自信がもてない男の子が、片想いの憧れの女の子に近づきたい、という気持ちで、ZONEが等身大で歌っています。
作詞者・町田紀彦の紡ぎだす断片的に散りばめられた言葉のひとつひとつが、中高生っぽい思春期の甘酸っぱさを鮮やかに連想させます。
歌詞の男の子は、弱音ばかり吐いているように見えます。
「目が合った 瞬間に 自分に 自信持てない 僕がいるよ……」
というくだりは、まさに象徴的です。私には、この男の子の気持ちが痛いほどよくわかります。目が合っても、つい逸らしてしまうのです。片想いの女の子の瞳は、直視できないものなのです。「憧れ」の度合いが大きいと、なおさら瞳を見ていられなくなるのです。「申し訳なさ」とか「恐れ多さ」という感情でしょうか。ちょっと違うかなぁ。
でも、この男の子は、今は自分に自信がなくても、いつまでも遠くで女の子を見ているわけじゃない、という気持ちをもっています。
「君とは 不釣合いかもしれない 僕は 微かに 見える星
だけど 必ず 輝いて見せる その時に 君に言えるよ…」
この部分を聴いた私は、そうだよ、そう誓えば道は拓けるんだよ……と、軽くのぼせあがりました。そのくらい、感情を移入できる歌詞です。
私は、手紙や電話なんかじゃなくて、直接、気持ちを伝えるのがいちばんいいと思っています。昨日最終回を迎えたテレビドラマ「のだめカンタービレ」で、タクシーの中から電話で話している最中に、そこを歩いていたのだめを見つけた千秋先輩が、タクシーを降りてのだめに後ろから抱きつくシーンなんか、理想的ですよね。私はこういう形で恋愛観を語るのは、あまり自信がないんですけど、のだめと千秋が再会したあのすばらしい偶然は、素直に素敵だな、と思いました。
男の子は出せない手紙を書いていますが、いつかきっと、
「世界の 誰よりも 君が好きな事を…」
言える日が来るんじゃないかなぁ、とZONEごときの曲の歌詞でこんなに想像を膨らませてしまいました。
最後に、私がこの曲でいちばん好きな部分を紹介します。
帰り道 二人きり 何から話せば いいか 分からず
「不思議だね 月が ほら、今日は 少し大きく 見えるよ…」
月が大きく見えたのは、錯覚でしょうか、気象条件による偶然でしょうか、それとも満月でしょうか。
いずれにしても、二人きりの夜の帰り道で、月が少し大きく見えるということは、そこに幻想的な雰囲気があったということではないでしょうか。
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2006年11月 3日 (金)
私…皇室が好き…。
私はカラオケがあまり好きではありませんし、カラオケに行く機会もカラオケに誘ってくれる知り合いも少ないのですが、カラオケについてどうしても書きたいことがあります。
それは、「原曲を聴いたことはないけど、人が歌っているのを聴いて、何となくその歌を覚えちゃった」という経験が、きっと誰にもあるということです。
中には、「この歌、私は聴いたことないけど、誰とカラオケ行ってもいつも歌う人がいるなあ。なんなんだろう、この歌?気になって仕方がないよ」という、非常に印象深い曲もあります。
私自身の経験として、そういう形で心に刻まれた曲といえば、何といっても
Hysteric Blue の 「春」
です。
私はこの曲を、異なる3つのグループ(集まり)でのカラオケで、それぞれ、誰かが歌っているのを耳にしました。
最初に聴いたときは、「なんだろうこの曲?知らないなあ。メロディはけっこう好きだな」くらいの感想を抱きました。
次に聴いたときは、ひどく酒に酔っているときで、そのカラオケで自分が何を歌ったか、どういうふうに振る舞っていたのかなどの記憶がほとんどなかったのですが、「あの人がこの『春』を歌っていた」ということは鮮明に記憶しているのです。それだけ、この曲が印象に残ったのです。
そして、最近カラオケに行ったときも、この曲を歌っている人がいたのですが、「『春』?あぁ、知ってる。『私…歌が好き…』っていうやつでしょ?原曲は聴いたことないけど」と口にしたほどです。
私はこの「ヒステリックブルー」がどういうグループなのか、知りません。ネットで検索してみようという気も起こりません。なのに、他人の歌声で覚えた、このHysteric Blueの「春」が気になって仕方がないのです。
さっきも書きましたが、私はこの曲調が好きです。そして、この曲の中に、特に好きな歌詞のくだりがあります。これもさっき触れたのですが、
授業よりも 食事よりも
もっと大切なコト ”私…歌が好き…”
という部分です。(注:このブログでも何度もやっていますが、歌詞の無断転載はよろしくありません)
「なんてストレートで、情熱的な歌詞なんだろう」と感じたのは、先述の、酒に酔ってほとんど記憶が飛んでいたときのカラオケでした。泥酔でも、この歌詞は心に響きました。
わかりやすくてすごく素直で、そういう気持ち、よくわかります。そして、歌詞の表面に現れること以上に、意味を持っている気がします。
最初に書いたとおり、私はカラオケにそれほど興味がなく、機会もありません。でも、カラオケを通じて、こうして好きな曲を見つけられたのは、いい経験だと思います。
そう、気が向かないことでも、それに対して前向きに捉え、何かアクションを起こすことで、思わぬ出会いや発見があったりするものです。そう考えると、引きこもってばかりではいけないな、と思う今日この頃です。
でも、DVDレコーダーのHDDに観ていない番組がたまっているので、それを観るためには外に出られないという矛盾を抱える今日この頃です。
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2006年10月12日 (木)
ZONEの名曲評論 第2回。
みんな ぼくを好きになる
ぼくのぶんまで好きになる予定
やさしくなる 星を見上げて 君とぼくは大爆発なのだ
みんなの事 愛している
嫌われても 愛している
やさしくなる 涙をふいて 恋が 恋が大爆発なのだ
ぼくは もっと強くなる
君のぶんまで 強くなりたいよ
やさしくなる 涙をふいて 恋が 恋が大爆発なのだ
ZONE 大爆発 NO.1 より
作詞:和田勝彦
この曲はZONE2枚目(メジャーデビュー後)のシングルです(平成13年5月23日発売)。
作詞はZONEおなじみの町田紀彦ではなく、和田勝彦なる人物ですが、いささか支離滅裂な歌詞を書いてくれましたね。
つじつまが合っていない歌詞が、むしろ特長になるのでしょうが、確かオリコンCDランキングは最高20位くらいと不振だったと思います。ファーストシングル「GOOD DAYS」よりも売り上げが落ち、また、次に出したシングルが、あの「secret base ~君がくれたもの~」ですから、この「大爆発 NO.1」は言わば、今後の方向性を見極める岐路に立たされていた頃のシングルという位置づけになると思います。
しかし、曲調はノリのいいアップテンポで歌いやすく、私の中では好きな部類に入ります。
さて、この曲の「不思議な」歌詞世界観についてですが、まず、あらかじめ考慮しておかなければならないことは、この時点でのメンバーの学年が、MIYU=中1、MAIKOとMIZUHO=中3、TAKAYO=高1と、なんとも微妙な年頃であるということでしょう。このくらいの年の娘たちになら、おバカなアイドルポップスも、本格派のバラード、ロック調もいけると思います。そういう中で、プロデューサー側が、「おバカなアイドルポップス」の路線を強く打ち出した結果、この曲が生まれたと思うのです。
ですから、この曲の歌詞について真剣に考えることは、小学生の描いた絵を真剣に評論するようなもので、なかなかつかみどころが見つからないのです(和田氏の歌詞が稚拙というわけではありません、悪しからず)。
しかし、この曲は、冒頭でも触れたように、その小学生の描いた絵のような魅力、純粋さ、楽しさ、不思議さ、そして彼女らの未来が見えてくるのです。
そう、これは「普通のアイドルポップス」ではないのです。私は、この歌詞の世界観に魅せられたのです。
結果的には、「secret base」の成功により、後にシングル曲では、その方向性が継続されます。「大爆発 NO.1」は殻を破る1つ手前の曲ということに特筆すべき点があるのです。
「みんなぼくを好きになる ぼくのぶんまで好きになる予定」……ぼくのぶんまで?予定?……ぼくが自分のことを好きでいるのと同じくらい、みんながぼくのことを好きになってくれるのでしょうか?それとも、みんなはぼくの「代わり」にぼくを好きになるのでしょうか?しかも、これはただの予定でしかない……日本語として成立していないように思います。
しかも、君とぼくは大爆発なんです。……何が大爆発なのでしょう?謎は深まるばかりです。
「みんなの事愛している 嫌われても愛している」……嫌われても愛しているっていうのは、なんか寂しいというか、切ないというか、悲しいというか……。いや、でも、嫌われても愛すくらい、みんなのことが好きだよ、ということでしょうか?1フレーズで2度おいしい歌詞です。
「ぼくはもっと強くなる 君のぶんまで強くなりたいよ」……「君」は強くならなくていいのでしょうか?あるいは、ぼくは君の2倍、強くなるのでしょうか?これもご飯が2膳いけますね。
そう、一見、矛盾を感じてしまうような歌詞ですが、ここで出てくる「ぼく」は、真っ直ぐで、純粋で、夢を持っているということは感じ取れるのです。
このあたりが、並のアイドルポップスではないのです。真っ直ぐで、純粋で、夢を持っている主人公を、変わった形で表現しています。
「夢は叶う」だとか、「君のために」だとか、ありきたりな言葉を使わないところが、非常に優れているのです。
またひとつ、ZONEの曲に、素直な気持ちと勇気をもらいました。
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2006年9月24日 (日)
これほどまでにZONEを礼讃する私はいささか狂っているのかもしれないですけど。
ZONEの名曲評論、記念すべき第1回!
第2回をやるつもりはないですけど。
季節の変わる頃までに 少し変わっているはずさ
無理して進む価値がないのなら 後回しもいい
そしたらスーッと晴れわたり もう一度 笑顔戻ってくる
いつだって 何度でも やり直せるから
「足跡」(セカンドアルバム「O」に収録)より
名曲評論の第1回にいきなりアルバム曲をチョイスしました。知名度は高くありません。
聴いているうちに、元気になれる、明るい曲が多いZONEですが、この曲はとびっきり前向きで、常にネガティブな気持ちを抱えて生きている私にとっては、一瞬だけ、暗い気持ちを忘れさせてくれます。
彼女たちは、明るいキャラクターであることがアイデンティティであるために、こういう、メッセージ性のある曲を歌わせると、なぜか説得力を感じます。お世辞にも歌唱力があるとはいえないMIZUHOも、底抜けの陽気さで花を添えています。
この曲の歌詞を書いたのはミウラタカシという、聞き覚えのない人物です。たぶん、この曲以外に、ZONEへ歌詞を提供したことはないと思います。
はっきり言って、それほど中身のある歌詞ではないと思います。先ほど、この曲の一部分だけを紹介しましたが、曲全体で言っていることは、一貫して「今がダメでも落ち込んだりしないで、今度がんばればいいよ」「自分を信じて」ということ。これ以上のことは言っていません。
でも、あまり意味の深い、哲学的な歌詞を書いても、ZONEには重くなってしまいます。彼女たちの身の丈に合った、過不足ない歌詞だと思います。
ZONEよりもよっぽど教養があるべき大人が、ZONEよりも稚拙で中身のない歌詞を歌っていることもあるJ-POP界ですから、「足跡」の聴き心地のよさは秀逸と言えるでしょう。
私自身は、今がダメでもいつか良くなると信じて生きていたい性質ですから、こういう歌詞にはすごく共感できます。「明日出来ることを今日するな」というすばらしい格言を思い出させます。
落ち込んだ気分も、厳しい現実も、時間が解決してくれることだってあると思います。
私の場合は「いつか良くなる」ことも、時間が解決してくれることもなくて、悪くなる一方なんでしょうけど。
余談ですが、この曲にはサビの部分がありません。ずっとAメロ、Bメロのような調子で続いていきます。私は、こういうメロディこそ「歌詞を聴かせる」のに最も適していると思っています。
聴いているうちに笑顔になり、明日に希望を見出せる、そんな一曲です。
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2006年9月13日 (水)
ZONEのお・も・ひ・で。
涙、涙の解散から1年半……
私の中で、怒涛のような勢いでブームが加熱しています。
ZONE!!
伝説のスーパーバンドル(アイドルのバンドの意)に今さら、夢中になっています。
私は高校時代からZONEは好きでした。20歳かそこらの人ならば、たぶん誰でもZONEに関する記憶が少しはあるのではないかと思います。
私自身がZONEを知ったのは、メジャーデビューの頃、2001年の初めあたりでしょうか。この北海道出身のアイドルバンドグループがメディアでにわかにプッシュされ、当時は熱心なアイドル好きだった私も注目しました。
ただ、最初の印象は「なんか地味だ、これといって華がない」というもの、そして、「ZONEっていったら、東山紀之がナビゲーターをやっているTBS系列の『人間解析ドキュメント zone』とかぶっちゃうな」というものでした。まだヒットの予感はありませんでした。
彼女らがブレイクしたきっかけは、「キッズウォー3」の主題歌「secret base~君がくれたもの~」の大ヒットでしょう。この曲でその年の全日本有線大賞の最優秀新人賞や日本レコード大賞の新人賞を受賞しました。
この頃は、明らかに本人たちのスキルや魅力よりも、人気昼ドラマの主題歌という話題性と楽曲の良さで売れている感じでした。当時はまだ「ウソ演奏」が見え見えで(玩具代わりに楽器を持って踊るスタイル)、4枚目のシングル「世界のほんの片隅から」では、あろうことかダンスに挑戦し、「ZONE、バンドをあきらめたのか!?」と不安になってしまいました。
(注:北海道でのインディーズ活動時代は、ダンスしかやっていませんでした。楽器を持ち始めたのは、メジャーデビュー後です)
しかし、その心配は杞憂に終わり、彼女たちは徐々にバンドとしてのスキルを上げていきました。やはり、いつまでもスピーカーから流れる楽器の音には頼れないと感じていたのでしょう。
その後も地道にシングル曲で次々にオリコン5位前後の売り上げを記録し続け、知名度を確立していきます。私も新曲が出るたびに、ZONEにのめりこんでいった思い出があります。
また、アルバム曲の中にも「風のはじまる場所」「オレンジの夕日」(「Z」)や「足跡」(「O」)など、名曲が収録され、私を楽しませてくれました。
私の中でのZONE熱のピークは、名曲「一雫」でした。私の中では、「secret base」を超えるクオリティの曲で、ZONEがただの一発屋に終わらなかったことで安心しました。
しかし、ZONEはもともと長続きしない運命だったのです。
ファーストアルバム「Z」(学生プライス税込2100円)に続いて出されたセカンドアルバムのタイトルは「O」。なるほど、「Z」、「O」と来て、次は「N」、そして「E」で締めくくるということは容易に想像できます。
待てよ、「締めくくる」ってことは……そう、憶測でしかありませんでしたが、アルバムを4枚出した時点で解散することが、暗黙のうちに予想されたのです。そしてその憶測は、現実となるのです。
2003年4月には、「鉄腕アトム」の主題歌「ture blue」を発売、私はこれを大いに気に入りました。歌番組でのZONEのライブをビデオに録画して、何度も繰り返して見ました。
その後、一時的に歌番組を見なくなった時期があり、ZONEの活動にも疎くなってしまいました。関心が薄れつつあったのです。
しかし、そんな私の興味を再び惹きつけたのは、2003年の紅白歌合戦をもって卒業したTAKAYOに代わってZONEのメンバーになったTOMOKAです。
「この娘、TAKAYOより断然かわいいじゃない!?しかも、そのバカ声がやたら耳に響くし。なんで最初からこの娘を使わなかったの?」と、激しく感動しました。
ちなみに、私のいちばんのお気に入りは、MIZUHOです。
彼女もTOMOKAに負けず劣らずバカっぽい上に、歌唱力もないのですが、かわいいし、面白くて純粋そうなところが好きでした。
また、MIZUHOという名前の響きが、なんだかお金持ちのような感じがしませんか?
TOMOKAの加入で、再び私のZONE熱が戻ったところに、さらなる衝撃を与えたのは、テレビ朝日系列、2004年夏の全国高校野球選手権大会のテーマソング「glory colors~風のトビラ~」です。今までのZONEになかったタイプの心に響くメロディと、率直で情熱的な、高校野球のテーマソングにぴったりな歌詞が、私の琴線に触れました。初めて聴いたときに「これは名曲だ」というインスピレーションを覚え、たまたまコンビニの有線でこの曲が流れた時には、軽く興奮してしまいました。今でも、間違いなく私の中でいちばんの曲です。
そして……やはりそのときはやって来ました。2004年の12月に、メインボーカルのMIYUが「長瀬実夕」名義でソロ活動していた頃からその予兆がありましたが、ついに、2005年4月1日の日本武道館公演をもってZONEは解散することになりました。
ZONEのラストシングル「笑顔日和」は、ZONEらしく、底抜けに明るい曲で、MIYUが初めて作詞した曲になりました。そして、4枚目のアルバム「E」は予想通り、最後のアルバムにしてベスト盤なりました。
正直に言うと、まだ解散コンサートの模様は見ていません。ミュージックステーションの中継で、「secret base」を演奏したのを見ただけです。
でも、私はこれを見て、十分に満足してしまったのも事実です。メンバーの表情の感慨深さ、情緒を、そして楽器のスキルの成長を実感できたことで、私自身、この解散を納得したのです。3年ちょっと前は、テレビでは弾けなかった「secret base」が、すっかり弾けるようになったということが、どんなにすばらしいことか。
MIZUHOは今、ウエディングプランナーを目指して、札幌市内の専門学校に通っています。
あとのメンバーの消息はよく知りません。
そんなZONEが大好きです。「無くなってはじめて人や物の大切さがわかる」とはよく言いますが、ZONEが活動を終えた今、ZONEの足跡を追うことが、すごくかけがえのないことに思えるのです。ZONEに思いを馳せながら、彼女らの低俗な曲に耳を傾けるのです。「もう新曲は出ないんだよなぁ」と思うと、わかっていたことだし、それは当たり前のことなのですが、とても寂しいし、空虚な気持ちになります。
私はF1が好きなのですが、来年、F1中継を見て、ミハエル・シューマッハの不在を嘆くと思います。サーキットに君臨していた「皇帝」がもういないという事実に、落ち着かない気持ちを覚えることでしょう。
ZONEも、聴けば聴くほど、在りし日の思い出に心を寄せます。
私のZONEへの想いは尽きません。需要があるとは思えませんが、今度は、ZONEの名曲の感想などを書きたいと思います。
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2006年7月 4日 (火)
尾崎へのレクイエム。
何のために生きているのか解らなくなるよ
手を差しのべて おまえを求めないさ この街
尾崎豊 「十七歳の地図」より
おいおい豊、17歳にして「何のために生きているのか解らなくなるよ」なんて言われたら、20を過ぎた私など、さらに生きている意味を見つけるのに苦労しちゃうよ。
しかも、「手を差しのべて おまえを求めないさ この街」だって?17歳に手を差しのべてくれる人がいない街だったら、3つほど余計に歳をとっちまった私には、手を差しのべてくれる人がさらに少なくなるんだろうね。若い人の方が可能性があるだろうからさ。
また、やる気が失せてしまった。
病弱(右眼が網膜剥離)な私は、どうせ豊よりも若くして命を落としますよ。
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2006年4月25日 (火)
軽い命。
例えば誰か一人の命と
引き換えに世界を救えるとして
僕は誰かが名乗り出るのを待っているだけの男だ
愛すべきたくさんの人たちが
僕を臆病者に変えてしまったんだ
Mr.children 「HERO」より
ならば、私の命を差し出しますよ。
匿名で。
愛すべき人たちなんかいませんから。
ましてや人から愛されることもありませんしね。
そもそも、私の命でいいんですか?私の命と世界の平和を天秤に掛けて、どっちに振れるかなんて、わかりきったことだというのに。
まあ、私は、何かと引き換えにというわけでもなく命を落とす日が、目の前に迫っていると思いますけど。
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2006年4月 8日 (土)
ここで平原綾香さんからお知らせです。
NHKトリノ五輪テーマソング「誓い」や「Jupiter」で有名な女性邦楽アーティスト、平原綾香さんの、
最新アルバム「4つのL」が絶賛発売中です(レーベルはDreamusic)。
4つの初回特典がついています。
【映像特典】(CD-EXTRA仕様)
①「誓い」プロモーション・ビデオ
②スペシャル映像“Mini-Movie:Ayaka in TORINO”
【封入特典】
③ 別冊スペシャルフォト・ブック“ Ayaka in TORINO”(オールカラー 12P)
④「 4つのL」四つ葉のクローバーステッカーLove,Life,Luck,Live(4色、4種)のいずれかが1枚封入されています。
そしてなんと、初回生産23万枚のうち、400枚にはサインが入っています。
ちなみに、「4つのL」とは、
Love(愛)
Life(人生)
Luck(幸せ)
Live(ライブ)
のことだそうです。
笑わせんな!!www
http://4-l.jp/ ←何かを勘違いしている彼女のニューアルバム「4つのL」発売記念特設サイトのURLです。
ちなみに、4月3日付けのオリコンチャートで、
初登場7位(売り上げ27688枚)を記録しました。
あれ?堂々23万枚を初回生産し、4つの初回特典をつけるなど、レーベル側がこのアルバムをこれだけプッシュしておいて、
オリコン初登場7位(売り上げ27688枚)は、ひょっとして、
「すべった」
っていうことでしょうか?
いや、まさかねぇ……そんなことは……。
でも、初登場で3万枚をセールスできなかったCDが、最終的に売り上げが23万枚に達するってことは……まずありえないような気が……。
そんな平原綾香さん(素顔は不思議ちゃんな歌姫)に、私からも4つのLを贈りたいと思います。
Lose(負ける)
Lack(不足)
Lonely(孤独)
Lie(虚言)
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2006年2月 6日 (月)
間違いだらけの人生の選び方。
誰一人望んではいないのに 誰一人喜んじゃいないのに
爆弾が落っこちるとき 何も言わないってことは
爆弾が落っこちるとき 全てを受け入れることだ
THE BLUE HEARTS 「爆弾が落っこちるとき」より
今、イランがウラン濃縮関連活動などの核開発を行っている問題が、「国際原子力機関(IAEA)緊急理事会は四日、イランの核問題を国連安全保障理事会に付託する決議案を賛成多数で採択した。イランに対する国際社会の圧力は強まり、発覚から約三年半が経過したイランの核開発疑惑は新たな局面を迎えた。」という状況に発展しました。
イランは「囲い込み」を受けています。仕方がないでしょう。平和を望むことは、地球上の全人類に共通する意思なのですから。
アメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領も国際原子力機関の決定に満足していますが、この「危険人物」の言うことは、筋の通っていない「詭弁」であることが多いです。アメリカが核開発において世界のトップを行っている以上、少なくともよその国の核問題については、あまり大きい口を叩いてほしくはないですね。
でも、悪いことや間違ったことに対して、ちゃんと「それはだめだよ」と言える勇気は大事ですね。ブルーハーツの歌詞は、戦争への反対と共に、人々が確固たる意見を持つことの大切さをうたっていると思います。
「あのとき、ちゃんと言葉にしておけばよかった」「どうしてあれが言えなかったんだろう」と、自分の決断力の不足を嘆く機会は、誰にでも訪れることでしょう。私など、いつでも、ほんの些細なことでも、「発言しなかった」ことへの後悔の気持ちを抱いています。小さなことにくよくよする性格なので、いつも自分のふがいなさを嘆いています。
爆弾を落っとこされる前に、何らかの手を打つ。そう、他人に先んじて行動を起こさないと、いつまでたっても負け続きの人生を繰り返すことになってしまいます。現に、私自身、決断のタイミングと正確さを欠いて失敗した例には、枚挙に暇がありません。
ちゃんと厳しく物が言える人物になりたいです。
←こちらは「物言う株主」村上世彰氏です。
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2006年1月26日 (木)
真実を見誤るな。
よく「永久保存版!」だなんていうけど、
永遠なんて、この世に存在しないんだよ。
永遠は何処にもない
誰も触れることはない
(平井堅 LIFE is... ~another story~ より)
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2005年12月20日 (火)
おつかれサマー。
言葉が いま詰まってしまったら
ぼくらの夏は ここで終わってしまいそう
(スガシカオ 「夏陰~なつかげ~」より)
私たちは一年の中で、夏という季節を、何でもできそうな、何をやってもよさそうな、そういう自由さに満ち溢れた季節だととらえているのではないでしょうか?
でも実際は、夏には何かが起こる、何かが変わるといった可能性を感じながらも、結局何も変えられないままに終わってしまうことが多いと思います。
春、秋、冬に、自ら動いていこうとする積極的な意志のない人は、どこか期待が持てる気がする夏であっても、同じようにただ流れ去っていくだけの時間を過ごすことになります。
つまり、他律的に、夏という季節に期待することは、実を結ぶことのない愚かな願いにしかならない、ということです。
大学生の夏休みはとても長いです。大学によって期間は違いますが、少なくとも1ヶ月、長いところでは2ヶ月以上もの間、夏休みを過ごすことになります。私が在籍している富山大学も、8月の始めから10月の始めまで、夏休みが続きます。10月になってまだ休んでいると、仕事をしている人たちに対して、何だか申し訳ない気持ちになります。
この長い夏休みにおいて、私の周りの環境は、何一つ変わることはありませんでした。私自身も、何一つ成長することはありませんでした。
約2ヶ月もの私の夏休みは、空虚な日々を、悶々とした気持ちで浪費しただけで終わってしまったのです。
来年もまた、こうした意味のない長い日々を過ごすことになるのかなぁ、と考えると、自分にとても嫌気が差します。そして、こうしてうだうだしている間に、ますます周りに差をつけられてしまうということへの焦りや恐怖心さえ覚えます。
今年の夏休みの前、私は「夏休みなんていらない。ただ無気力に生きる日々をずっと続けるくらいなら、授業に出ていたほうがましだ」と、やがて訪れる無意味な夏休みに対し、嫌悪感を抱いていました。しかし、夏休みの終わり頃、私の心と身体は、授業のない退屈な日々に慣れきっていました。授業が始まって以来しばらくは、大学に行くのが憂鬱でした。そこには、2ヶ月前には、あれほど毛嫌いしていた夏休みが、いつの間にか恋しくなっていた自分がいました。
このとき、自分が、徐々にではありますが、確実に破滅へと近づいているいることを、はっきりと感じ取りました。
もう、夏を経て取り返しのつかないくらいダメになっていく自分を感じたくはありません。
そういう強い(?)意思に対する、支えのようなものになってくれるのが、冒頭の歌詞です。
恐らくこの歌詞の主人公は、やがて訪れる夏の終わりを嘆いているのでしょう。この曲は今年の夏、テレビ朝日の「熱闘甲子園」という、高校野球のダイジェストとドキュメントをテーマにした番組の、テーマソングになりました。高校球児にとって、「僕らの夏がここで終わってしまう」ことは、すなわち、夢に敗れて、引退することを意味します。それぞれの闘いの終わりを表現しています。
高校球児でなくとも、「夏の終わり」というのは、どこか寂しい気持ちを感じさせるものです。
「言葉が詰まってしまう」ということは、「前に進む術を失ってしまう」ことを意味すると思います。生きる目的、糧、モチベーションを保ち続けられない人に、輝ける夏は来ないと思います。
夏でなくとも、1年中、しっかりとした考えをもって生きることは、まっとうな人として、そうあるべき姿です。日頃から充実した日々を過ごしている人は、夏だからといって特別に何かを始める必要はないでしょう。
しかし、私には、あまりにも長すぎる夏休みが、好むと好まざるとにかかわらずやってきます。なので、「夏を有意義に過ごそう!」という強い意志を持たないと、どうしても怠惰な日々に終始する夏になってしまうと思います。
来年の夏、思い出に残る、誇れる日々にしたいのなら、今すぐ自分を変える必要があると思います。「言葉に詰まる」つまり、「生きる意味を失う」ことで、「夏が終わってしまう」ことを避けたいと思うのなら、相当の覚悟と精神力を要します。今の私に、時間的な猶予はありません。
来年の夏休みは、実はもう始まっているのです。
ちなみに、私はスガシカオについて、この「熱闘甲子園」のテーマソングになった曲しか知りません。正直、スガシカオには、ほとんど思い入れはありません。なのに、奴の歌詞でこんなに長い文を書いちゃった……。こんな本末転倒なことをやっていては、来年の夏もだめそうです。
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2005年12月19日 (月)
途中までいいことを書いていたはずだったのですが……。
なぜ消えてゆくものにだけ
愛しい気持ちになるのかな?
(JUDY AND MARY 「Sugar cane train」より)
私はときどき、「もう消えてしまいたい」と思うくらい、生きていくことに絶望的になることがあります。
何もかもがうまくいかなくて、空回りばかりするとき。何かしなくてはいけないことがあるのに、集中できなくて、手につかないとき。人間関係で不安を抱えたとき、誰かに裏切られたとき……。
そういう状況に陥ったときに、状況を打開する方法は、2つあると思います。
1つは、心を閉ざすこと。全てを放り出して、世の中からフェードアウトすること。楽ですし、開放感(解放感?)が得られると思います。
でも、ひとまず心を落ち着けた後には、どうしようもなく空虚な気持ちにとらわれてしまうでしょう。結局、何も良くはならなかった、という状況に立たされてしまうと思います。「ツケが回ってきた」ような、追い込まれた立場はさらに悪化することになるでしょう。これは、できれば避けたい選択肢です。
もう1つは、消えたりなんかせずに、強く生きていくこと。
この「Sugar cane train」は、JUDY AND MARY のボーカル、YUKIが、繊細な愛のカタチを描いた歌詞です(私はそういうふうに解釈しました)。「本当は淋しいくらい 不安になるの」という部分もありますが、この歌詞の主人公の女の子は、大事な人とずっとつながっていたいけど、絶えず愛を確かめ続けないと壊れてしまうような、そんな切ない気持ちを抱いています。
「なぜ消えてゆくものにだけ 愛しい気持ちになるのかな?」という部分は、「全てを捨てて、忘れてしまったほうが、楽になるんじゃないかな」という、女の子の心の弱い場所を表現していると思います。
私がどこまでYUKIの歌詞を理解できているのか、自分の感覚を信じきれない部分もありますが、私はこの曲に出会ったとき、強烈なシンパシーとインスピレーションを覚えました。
消えてゆくことが必然の美しいものを愛する気持ちは、持っていてもいいと思います。打ち上げ花火や線香花火、シャボン玉、あるいは、夏のセミ……。それらが放つ一瞬の輝きは、私たちを強く惹きつけます。また、先日まで行われていた「FIFAクラブワールドチャンピオンシップ トヨタカップジャパン2005」に、シドニーFCの一員として出場していた三浦知良選手(38)のように、引退を間近に控えながらもなお、自分の生き様を貫き続ける人は、とても愛しく、美しい、消えていくものとして尊敬します。「前向きな」消えてゆくものは、大切にしたいと思っています。
「消えたりなんかせずに、強く生きていくこと」というのは、不安や悲しみ、プレッシャーなどに打ち勝って、自分の心の大事なもの、つまり「信念」のようなものをずっと持ち続けることだと思います。YUKIは、そういうことを、この歌詞を通じて、人々に語りかけているのだと思います。
だから私も、ときには心の弱いところを見せることはあっても、いつでも、前向きに生きていきたいと思います。「消えてゆくものへの愛しさ」に負けずに、生き続けることの大事さを忘れずにいたいです。
でも、今まさに消えていこうとしている波田陽区に対する愛しさは、全く覚えません。だってあいつ、全然面白くないし、調子に乗りすぎていたし。結局、インパクトだけの芸人ですよね。勢いとビジュアルだけで笑いを取ろうとして、中身の伴わない芸人は大嫌いです。
結論:だから魔邪もさっさと消えろ!!
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2005年12月16日 (金)
当ブログは、決して、崇高な哲学を披露する場でもありませんし、ましてや自殺サイトでもありません。
生きてる理由なんてない
だけど死にたくもない
こうして今日をやり過ごしてる
(Mr.children 「未来」より)
これはまさに、今の私の気持ちを鮮明に表現している歌詞です。
私は今、ちょっと気持ちが切れたなら、今すぐにも死んでしまいたいと思っているくらい、精神的にも、人間関係でも、社会的立場の上でも、絶望的に追い込まれています。
なんとか今日まで命をつなぎとめてこられたのは、
「今ここで死んでしまったら、もしかしたら万に一つでも巡り会えたかもしれない幸福を逃すことになってしまうかもしれない」
という、生への未練というか、執着です。死んでも死にきれない、それが今の私の心に寄生する葛藤です。
明日、いいことがあるかもしれない。
そう考えて生きれば、案外、気持ちが楽になったりするものです。
しかし、本当に、耐えられないくらい、私がこの世で生きることに絶望する日が来る可能性もあります。そのときは、「生きてる理由」が全て消滅して、命を絶つときだと思っています。
こうした考えは、何も、私や自殺志願者だけに特有な感情ではないと思います。何もかもが嫌になる日、何もする意欲が沸かない日、そういう日が訪れたら、それは、あなたにも「予期せぬ死」が訪れる前触れのようなものかもしれません。
私は死にたくはありません。しかし、生きていることが空虚なんです。
心から、切実に、「生きてる理由」を見つけたいです。
ただ、今はそれを積極的に見つけに行こうという気が起こらないから困っているのです。
時が満ちるのを待つしかないんでしょうか?
それとも、無理やりにでも重い腰を上げて、前に進むべきなのでしょうか?
私の迷いは、果てしなく深いです。
当分、答えは出そうにありません。
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