2013年11月 9日 (土)

合掌。

人それぞれ人生いろいろありますが、

 

私の場合は、辛く、険しく、不毛な人生に当たったみたいですね。

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2013年10月28日 (月)

私こそが、人はどれほどまでタイミング悪くなれるのか、に挑みます。

大抵の物事は、

私が選ぶ方と逆の方を選べば、

うまくいきますよ。

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2013年10月17日 (木)

したり顔でツイートしている場合じゃないですよ。

鋭くつっこむことよりも、

 

人を惹きつけることの方が、

 

何倍も難しいし、何倍も尊いことだ。

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2012年4月18日 (水)

作風が変わったのか。

私はとてもとても長い、雌伏の時を過ごしてきました。

 

それは辛く悲しい、困難な日々でした。

 

しかし、決してただの不毛な日々ではありませんでした。

 

 

芽が伸ばせない間、ひたすら耐えて、じっと根を伸ばし続けていました。

 

それは誰の目にも見えず、私の目にも見えない20余年の成果でした。

 

 

ここにきて、私は幹を伸ばし、枝を生やし、小さいながらも「樹木」と呼ばれるような存在になりつつある気がします。

 

何より変わったことは、空を見上げられるようになったことです。

 

分厚い曇り空から、一筋の光が射したことに気づき、少しでもその栄養を取り入れようと努めたことが、環境を変えました。

 

 

もっともっと大きな樹になれたら、それはきっと、冬の寒さに耐えて、

大地に根を張っていたあの時代が糧になったからこそなんだろうと思います。

 

今はその途上。まだまだ伸びる余地があります。

 

 

 

 

 

 

なんてね。

 

こんな前向きなこと書いてお前はどうしたんだといぶかしがられそうです。

 

 

次回からは元に戻ります。

 

うんこの話でも書きます。

 

三部作で。

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2012年4月10日 (火)

人生とはタイミングであるがゆえに。

「明日できることは今日するな」が私の持論の一つですが、

今やりたいこと、今やる気が起こっていること、今やった方がいい結果になることが明らかなことは、今すぐやるようにしたいと思います。

 

寝れば嫌な記憶は和らぎますが、時間や意欲も削がれていくでしょうから。

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2012年4月 3日 (火)

似つかわしくない話。

今日みたいなとても風の強い日に、

 

事故に遭ったり、物が壊れる、飛ばされる、停電するといった被害を受けた人がたくさんいると思います。

 

あるいは、渋滞に巻き込まれたり、電車や飛行機が動かなかったりして、就職活動の面接や重要な商談などの大事な予定を棒に振って、大げさな話、人生を狂わされた人もいるでしょう。

 

 

この強風で、取り返しのつかない損失を被った人には、必ず、また別の機会にそれを取り返せる、いや、もっと大きな好機をつかむことができると信じてほしいと思います。

 

もしかしたら、今日、風が吹かず、予定通りの一日を過ごしていたら、望ましくない結果に終わっていた可能性もありますし、その後に訪れるかもしれなかった好機にも巡り合うことはできなかもしれません。

 

この天災にも、きっと意味がある。必然である。それはプラスの方向に転じる、そう信じれば、砂埃の向こうに道が開ける……そんな気がします。

 

 

 

 

なんちゃって。

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2011年10月27日 (木)

秋深まり、首涼む。

「できる人」「頼れる人」「バイタリティのある人」は、得てして多忙を極めるものですが、そんなことお構いなしとばかりに、次々に重要な仕事が舞い込みます。それは自ら取ってくる仕事であり、任される仕事でもあります。

 

仕事を数多くこなすことで、その人のスキルが上がり、実績と信頼が積み重ねられます。したがってさらに多くの大事な仕事を担うようになり、その人の人生は充実の一途を辿るばかりでしょう。

 

翻って私は、知識も経験も、才覚も愛嬌もありませんから、誰も仕事を任せようとはしません。よって、私はいつも暇です。

 

暇は人を怠惰にし、時間を浪費させ、わずかばかりの才を消します。

 

そうして、私の立場は風前の灯と相成るわけです。

 

 

未成熟で成長過程にある市場なら、私のような無力な輩にもチャンスが与えられることもありますが、成熟し、生存競争が激しくなった空間においては、私にはもはや居場所は存在しません。

 

逞しく生きる術を持ち合わせていない以上、淘汰されるのみです。

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日本国内最高の女優は室井滋。

私は人よりも知識や経験、才覚、愛嬌のいずれもが著しく欠如していますが、

 

こと経験に関しては、人より勝っていると胸を張って言えることが一つあります。

 

 

「負け戦」に関しては、誰よりも場数を踏んだという自負があります。

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2011年10月 2日 (日)

ノートは文房具屋のみならず、日産の販売店でも買えますよ。

私は大学ノートに日記をつけています。

 

 

年末に「高橋書店」などから発売されるような日記帳でなく、大学ノートを使うのは、好きなだけの文量を書けるから。また、毎日書かなくていいから。

 

毎日書かないのに日記とは言えない気もしますが……。

 

 

この日記に書くことは、もっぱらネガティブな思考です。

 

 

悲観的、否定的、後ろ向きな言葉が並びます。

 

 

「毎日生きていても何一つ楽しいことがない。ずっと同じ状態が続く。毎日、嫌なことばかりで、何も報われるような時間がないのなら、生きている意味はあるのだろうか?」

 

「明るい展望は一切描けない。悪い方向へ進むイメージは鮮明に浮かんでくるのに。誰にもまともに相手をしてもらえない。軽くあしらわれ、疎まれ、見下される。追えば追うほど離れていく感覚がある」

 

終始こんな調子です。

 

 

これ、意外と楽しいですよ。

 

気分が沈んだ時に、無理して前向きなこと書いても、空しくなるだけだし、ほとんどの物事は期待した通りには進まないものですから。

 

逆に、とことん悪いことを書き連ねると、今自分が抱えている悩みや不安や苦労が文字という「形」になり、その問題が明らかになり、気持ちに整理がつきます。同時に、負の空気をノートに置いていけるような気持ちになれるのです。

 

 

まあ、悪い記憶や体験は次々にアップ・デートされ脳とノートに刻まれますけどね。

 

そうして、私なりの「デス・ノート」が書き溜められていくのです。

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2011年9月 8日 (木)

Life goes on。

「今日」という日は、

明日になれば「昨日」になり、

来年になれば「去年」になり、

3年も経てば「過去」になる。

 

生きることに正解はないけど、

 

自分の辿った道をふと振り返ってみると、

 

絶望するくらい空虚な気持ちになる。

 

どこで道を間違えたか。

どこで道を踏み外したか。

 

明日が来なくてもいい。

 

例えば、過去に一週間だけ戻れたなら、

やり残したことに挑んで、

この廃れきった今を変えられるかもしれないのに。

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