2009年9月21日 (月)

地獄。

ここはだれもが憧れる大都会の、名もなき果ての一角。

 

この街は夜が更けると、辺りはただならぬ不穏な空気に包まれる。

  

左を向けば、夜だというのにサングラスをかけた男が道端に座り込み、右腕からタトゥーを覗かせる女と何やら話し込んでいる。

 

右を向けば、スーツに身を包んだ強面の男達が連れ立ってどこかに向かって歩を進めている。

 

大音量のカー・ステレオを響かせる黒塗りのオープンカーが、狭い路地をゆっくりと通り過ぎていく。

 

辺りは様々な臭気に包まれている。

 

排気ガスの臭いや飲食店から出る臭い、すれ違う者達が発する酒や煙草の臭いなら、その辺の繁華街でも日常的に出くわすだろう。

 

ここでは、それらとは一線を画す、異様な臭気が街と一体化している。

 

暴力、売春、強姦、拉致、そして薬物……。

 

誰もが、一瞥すればここが深刻なスラム街であるということを理解する。

  

 

私はなぜか、この異空間に迷い込んでいた。

 

空気の抜けた自転車に乗りながら。

 

これは大変なところに足を踏み入れてしまった、一刻も早くここから抜け出さなければ。

 

命の危険に迫られている。

 

私は必死で、無我夢中でペダルを漕いだ。

 

何度か、街を構成する異質な者達から声を掛けられた。

 

私は何も聞かなかったと自身に言い聞かせ、ひたすら振り切った。ひたすら走り続けた。

 

そのうち、道が少しずつ狭くなっていった。

 

街を取り囲む者達の数が増え始め、辺りの闇は深くなり、例の臭気は強くなり、様々な喧騒が耐え難く耳をつんざく。

 

おかしい。

 

いつまで進んでも、出口がない。

 

空気の変質とともに、私の身体にも異変が起こり始めていた。

 

だんだん、脚が重くなってきた。

 

より強く、ペダルを漕ごうとしているのだが、自転車は一向に進んでくれない。

 

同時に、ハンドルも重くなり、車体はふらふらと蛇行するようになった。

 

何度か路上につまづいた。その度、「恐るべき」誰かが私に声を掛け、それを振り切ってひたすら前に進まなければならなかった。

 

果たして、私の脚は正常な機能を失った。もはや自転車にまたがることさえ困難になっていた。

 

私は自転車を乗り捨て、自らの脚で逃げ出そうと試みた。

 

しかし、間もなく脚は言うことを一切聞かなくなってしまった。

 

私はその場に崩れ落ちた。

 

もはや、ここまでか……。

 

そんな私に、悪魔がその手を差し伸べてきた。

 

魔の手は、次々に私の身体を蝕んでいった。

 

身体のあらゆる感覚が、失われていった。

 

脳だけが、おぼろげにこの世の終わりをこの目に刻み込もうと、機能を続けていた……。

 

 

 

THE END。

| | コメント (1)

2009年7月10日 (金)

↓これが私のライフ・スタイル。

生涯、当たりの入っていない「くじ」を引き続ける。

 

 

 

 

どんなにがんばっても、どんな策や術を巡らせても、初めから無意味なんだね。

| | コメント (2)

2009年4月15日 (水)

蜃気楼。

今、私の目の前にある光景や情報が、

 

現実のものなのか、

 

それとも幻覚なのか、

 

知りたいけど、知る術がない。知る勇気もない。

| | コメント (1)

2009年4月10日 (金)

「明日出来ることを今日するな」と主張したいんですけど。

掃いて捨てても惜しくないほど、時間が有り余っていた1ヶ月余り前の日常が、いとおしくなることがあります。

 

仕事をしてお金をもらえる日常は、とても尊くてありがたいことと知っていても。

 

時間と現実を忘れられるなら、

 

今すぐ富山に帰って、午後6時を告げるサイレンを聴きながら、

 

実家のベランダから夕日を眺めたいです。

 

Cazrasri

| | コメント (1)

2009年4月 4日 (土)

ひそかに期待していた富山商業の選抜高校野球優勝は、第一回WBCの日本代表を率いた王氏の母校である早稲田実業に阻まれました。

2009040400000009jijpspoview000 つい先日まで、日本国内の野球ファンはワールド・ベースボール・クラシックでの「長嶋ジャパン」(俗称:侍ジャパン)の熱闘に興じていましたが、いよいよ日本のプロ野球も開幕し、また興奮の日々を過ごすことになりそうです。

 

そして、米大リーグも間もなく開幕を迎えます。

 

我らが秀さんこと松井秀喜選手(ヤンキース)は、新ヤンキー・スタヂアムの記念すべきオープニング・ゲームに「4番」として臨むことになりそうです。

 

 

近年はさっぱり存在感を失った「日本最強打者」ですが、ヤ軍の4番を打つことにより、「世界最強打者」としてのステータスを手に入れます。

 

 

私が予想する、レギュラー・シーズンにおける今季の秀さんの成績は、

3割6分、62本塁打、158打点です。

 

 

まあ、妥当でしょう。

 

 

WBCに出ずに、じっくりと調整し、古傷の左ひざを手術した後の経過も順調な秀さんなら、この程度の成績は問題なくクリアするでしょう。

 

 

2009032400000018reu_kspoview000 WBCといえば、日本代表のチームリーダーとして絶大な存在感を示した鈴木一朗外野手(35)は、体調を崩し胃潰瘍を患いました。

 

これにより、開幕からの出場は不可能となりました。

 

イチローは非常に向上心が高く、常に自己への厳しい修練を課す選手ですから、WBCでの激闘によって燃え尽き症候群になったということはないと思います。

 

イチローにはモチベーションの問題などなく、むしろ、WBCのために例年より早い時期から体を仕上げ、日本代表の集合から1ヶ月余り、ずっとプレッシャーとストレスの溜まる状況下にいたことで、極度の疲れが溜まっていたことが原因でしょう。緊張感から解放されたことで、想像以上に心身を酷使していたことに気付いた、ということではないでしょうか。

 

 

マリナーズの首脳陣にとってはただ頭が痛いところでしょうけど、日本の野球ファンとしては、極限状態で戦っていたイチローの偉大さを改めて実感する出来事だと思います。

 

 

しかし、この件に関して、イチローは一つ、重大な過失を犯しています。

 

 

ユンケル」をしっかり飲んで滋養強壮を図っていれば、こんなことにはならなかったでしょう。

 

 

日本球界の歴史にも重大な教訓が残っています。

 

 

Img2894 「長嶋ジャパン」の長嶋茂雄監督は、

 

 

 

 

アミールS」の服用を怠ったことで、脳梗塞の発症を防げなかったという、

 

「カルピスの悲劇」です。

 

 

神は自らの健康と引き換えに、後進への道を示していたのです。

 

 

イチローの胃潰瘍は、神への敬意を欠いていたことによる代償と言わざるを得ませんね。

| | コメント (1)

2009年3月 6日 (金)

これがアリストテレスの域。

期待とは、得てして裏切られるものであり、

 

希望とは、得てして勘違いで終わるものであり、

 

喜びとは、ぬか喜びの一つ前の段階である。

| | コメント (1)

2009年3月 1日 (日)

「SMAP×SMAP」はスマップの人がちょっと受けを狙った発言をすると、後ろでスタッフがやたら大げさに笑いますよね。

愛想笑い」って、何のためにするんですか?

 

目上の人の機嫌をとるためですか?

 

そんなのくだらない。

 

 

目上の人が発した、大して面白くもない冗談やおかしな行動に対し、

 

過剰に反応して大笑いする者。

 

 

はたから見たら、愛想笑いしているお前が一番寒いですよ。

 

愛想笑いなど、白々しいことこの上ない。

 

 

目上の人のつまらないジョークに対しては、

 

「へへっ」とばかりにあからさまな苦笑いを浮かべるか、

 

「へぇ、そうですか」と大して興味がないという具合に相槌を打つべきだと思います。

 

 

愛想笑いなんて、表面だけを繕った人間関係を象徴してるようにしか見えません。

| | コメント (1)

2009年2月19日 (木)

自殺は悪いことですが、自殺した人の言葉は、真摯に受け止めるべきです。

結局、私のような発達障害者は、

 

孤独に生きて、孤独に死んでいくしかないのでしょうね。

 

 

人の何十分の一の幸せを、

 

宝石のようにありがたく受け入れる人生なのです。

 

社会は平等ではない。

 

最近の小学校の運動会には、足の遅い児童にハンデが設定されたり、クラス内での平等性を維持するために学級委員長を設けないケースもあるようです。

 

でも、小学校という、井戸ほど狭い社会の中で平等がうたわれても、誰でも大人になれば格差と直面してしまうのです。

 

頭の悪い子、特技や特長のない子、コミュニケーション能力がない子は(私は全て当てはまります)、結局、つらい現実の中に生きていかなければならないのです。

 

大した努力もせずに、泣き言をほざくお前こそ現実を知らないだろうというご指摘もあると思います。

 

でも、人と比べてチャンスが極めて少ない人生を送っていれば、たまのチャンスもそれと気付かずに見過ごしてしまうのです。

 

私のような負け犬は、半ば、人生に絶望しているのです。

 

 

フィリピンは貧しい国ですが、フィリピン人は幸せに生きています。

 

それは、「相対的」な幸せよりも、「絶対的」な幸せを感じられる環境があるからだと思います。

 

日本も戦前や高度経済成長期は「一億総中流」と言われるように、まじめに働けば誰もが一定の生活と権益を得られる社会でしたが、今の世の中は、駄目な人間は、高級焼肉店の外で、100円ショップで買ったカップ麺をすするしかないのです。

 

何を言いたいのか自分でわからなくなってきました。

 

要は、不平等の中で生まれる敗者の存在を、怠惰ではなく必然と考えていただきたいということです。

 

運動系の部活動には、主に5種類のメンバーがいます。

 

1 才能があって、努力を欠かさないレギュラー選手。

2 練習をさぼりがちだが、才能だけでレギュラーを張る選手。

3 下手くそだが、努力の末にレギュラーを勝ち取った選手。

4 技術の欠如を練習で補おうと必死になるも、補欠に甘んじる選手。

5 どうせ自分は才能がないからと、レギュラーをあきらめる選手。

 

私は4か5です。

 

同時に、1と2は非常にうらやましく思います。

 

下手くそな選手は、上手い選手には逆らえません。

 

才能ある選手は、きっと、才能のない選手の気持ちが理解できないでしょう。

 

誰よりもバットを振っているのに、せいぜい代打でしか試合に出してもらえない選手。

誰よりもラケットを振っているのに、対抗戦のメンバーに選ばれない選手。

 

才能がなくても、ずっと努力を続けられる選手も中にはいます。

 

でも、多くの補欠は、自分の才能のなさを呪い、いつしかレギュラーの座をあきらめてしまいます。

 

私だって、1試合4打席、打ちたいんです。

最初から試合に出て、フル出場したいんです。

 

しかし結局、補欠はレギュラーを盛り立てるために、今日も球拾いに奔走するのです。

 

私は発達障害者です。

 

これまでの人生でたくさんの辛酸を舐め、罵倒され、組織から排除され、社会に居場所を失っていきました。

 

それなりに社会に適応する努力はしてきました。

 

結果、それが叶わなかったのは、私の努力が質量ともに不足していた上に、努力の方向性を間違えていたからでしょう。

 

発達障害者だから、という弁解は、健常者にとっては知ったことではないのです。

 

彼らにとって、障害者を受け入れる必要はどこにもないのです。

 

むしろ、私を受け入れる行為は、偽善と捉えられる恐れすらあります。

 

私はこの人生、どこに行っても厄介者扱いを受けてきました。

 

本当に、損ばかりしている人生です。

 

楽しそうに笑っている人達が憎いです。

 

クリスマスやハロウィンやバレンタインデーが憎いです。

 

私の親はたぶん、私が世間でこんなに酷い扱いを受けているとは知らないと思います。

 

私の家族の中で、私だけが人生の挫折を味わっているのです。

 

F1のワールドチャンピオン・ドライバーのルイス・ハミルトンの弟や、日本女子ゴルフの史上最年少賞金女王の上田桃子の姉は、障害者です。

無礼と非難を承知で言わせてもらえば、これらの例は、兄弟姉妹の片方に才能が集中し、もう一方がそのあおりを受けて「普通の」生活を取り上げられた、というふうに見えます。

 

私の兄弟も、そんな感じです。

 

私だけが人よりひどく遅れているのです。

 

親にその事実を話すことは出来ません。

 

話すことが出来ないので、遺書にでも書きます。

 

 

 

「発達障害者ライター」の肩書きで執筆活動をして、人並みの稼ぎができればよかったのになぁ……。

| | コメント (3)

2009年2月12日 (木)

私の脳は、綿菓子のように薄っぺらです。

私は日常的に、このブログにおいて、手前味噌ながら、流れるような文体で記事を書き綴っているという自負があります。

 

しかし、私は人並みの文章力を持ち合わせていますが、それ以外の分野では、

 

語弊があるかもしれないですが、それを承知で言わせていただくと、

 

普通の人よりも、明らかに頭が弱いと自覚しています。

 

行動や物事に対し、正確な判断ができないため、社会に適応することが難しいのです。

 

そのような事例は、枚挙に暇がありません。

 

ここでは書ききれないし、書いていて悲しくなるでしょうから書きませんが、私は社会から排除されて然るべき人間なのです。

 

私は両親から愛情をもって育てられました。学校教育の過程でも、落第することなく、大学を卒業することが出来ました。兄弟にも、生活に支障を来たす問題があるという事実はありません。

 

しかし、私は「まともな人」の道から外れていました。

 

その事実に気がついたのは、小学2年くらいでしょうか。

 

私は生まれつき、頭が弱いという宿命を背負っていたと思います。

 

時々、気が狂ったり、人前で独り言をつぶやいたり、周りの人から接触を敬遠されたり、いわれのない罵声を浴びせられたり、一挙手一投足を面白がられたり、たった一見で役立たずの烙印を押されたり……。

 

「あいのり」というテレビ番組で、「ヤマジ」という人物が登場します。彼女があいのりの旅に参加した背景に、学生の頃に男子生徒から様々な嫌がらせを受けるうちに、男性不振に陥り、年を重ねるごとに自分の殻に閉じこもっていったというエピソードがあります。

 

私はヤマジの生い立ちを見て、他人事には思えませんでした。

 

ヤマジが頭の弱い人だとは思いませんが、社会にうまく適応できずに、苦しんでいるであろうことは、ある程度想像がつきます。

 

私によく似ています。

 

せめて、甲乙丙のうちの、丙に分類されるレベルのものでもいいから、私にまともなコミュニケーション能力があればよかったのに、と思います。

 

わたしの対人折衝能力は、甲乙丙のどこにも当てはまらない、「ランク外」という位置づけになると思います。

 

人と接することに困難を感じているから、文章を書く能力だけが発達していったのです。

 

ブログなら、声に出さなくても、自分の意思が伝えられる。

 

でも、声のないコミュニケーションは、決して豊かなものとはいえないでしょう(言語障害者に対する差別の意味は、決してありません)。

 

私に生きる場所はないと思います。

 

親に保護してもらえば楽なんでしょうけど……。

 

親だっていつまで元気でいられるかわからないし、親に迷惑をかけたくはないし……。

 

本来なら、自立して強く生きていかなければならないのでしょうけど、それがひどく困難だと知っています。

 

朝、陽が昇るたびに、私の心は色あせて、いずれ消えていきます。

| | コメント (2)

2009年2月10日 (火)

賢者のつぶやき。

Img1018446353  

 

 

 

2000円とか3000円する貯金箱買う人って、

 

お金貯める以前に、

 

けっこう出費してますよね。

| | コメント (2)

2009年1月27日 (火)

長い冬に震えながら……。

今になって、思うことがあります。

 

私のようなどうしようもない糞人間は、

 

新卒で辛うじて入ることができた会社を、

 

「辞めろ」と強く迫られるまで、

 

自分からは絶対に退職してはいけなかったと。

 

語弊があると思いますが、「まともな」会社ならば、

 

私みたいなどうしようもない糞人間を、

 

よほどのことがない限り、採用してくれないんですよね。

 

その事実は、学生時代に気付いてはいましたが、

 

3ヶ月前の私はそのことを忘れてしまっていたようです。

 

今さら後戻りはできませんが。

 

退路を断って前を向いたら、

 

進んだ先は断崖絶壁でした。

| | コメント (2)

2009年1月26日 (月)

帰る場所などなくて……。

私は富山で生を受けて22年余りを過ごし、

去年の春に八王子へ移り住みました。

 

東京の空気に慣れつつある今、はっきりとわかったことがあります。

 

 

 

 

 

私はどこに居ても、どこに行っても、

 

決して幸せにはなれないという運命でした。

 

 

 

「幸せ」の基準や定義なんて、わからないけど。

| | コメント (2)

2009年1月25日 (日)

サバサバした人よりも、めそめそした人の方が親しめます。

慣れ合い」って素敵な言葉ですよね。

 

 

自分と性格の異なる人と接していると、価値観の違いから、疲れてしまうことがあります。

 

 

自分と似ている人となら、気を遣わなくていいし、お互いの傷口を舐めあうことができます。

 

 

刺激は要らない。安心と安定がほしい。

 

 

こんな考えでは成長も成功もないんでしょうけど。

| | コメント (2)

2009年1月22日 (木)

もし、生きていることが辛いなら、森山直太郎さんに相談できればいいのに。

私は両親の前で、

 

「俺みたいな社会で何の役にも立たない人間なんか、

死んでしまえばいいんだ!!」

 

と言い放って、泣き崩れました。

 

 

 

 

 

 

 

昨日見た夢の話です。

 

近いうちに、これが予知夢であったということを知ることになりそうな気がします。

| | コメント (2)

2009年1月14日 (水)

深夜にふと思うこと。

なんか……

 

人生、全然楽しくないですね。

| | コメント (2)

2009年1月11日 (日)

あれからベッカムは紆余曲折を経て、今はミラノに住んでいます。

スーパースター・ベッカムの人気に嫉妬した、高校2年の夏。

 

あれから7年の月日が流れて、

 

サッカーの知識は、あの時とは比べ物にならないくらい豊かになったけど、

 

人を妬む私の悪い癖は、

 

全く変わっていないことに気付いた。

| | コメント (2)

2008年12月16日 (火)

私の話。

言っている事と、やっている事。

 

持ち合わせている価値観や信念と、実際の行動。

 

これらが日によってコロコロと変わる人は、

 

いつまで経ってもフラフラと不安定で、

 

進むべき道を見つけられず、

 

思い描いた将来には、決して辿りつけないのでしょう。

| | コメント (3)

2008年10月16日 (木)

北京五輪の柔道日本勢の金メダル4個よりも、男子リレーの銅の方がずっと輝いて見えるのはなぜでしょうか?

2008100700000004gbrfightview000「カテナチオ柔道」で北京五輪の100キロ超級で金メダルを獲得した石井慧選手(21)が、総合格闘技に転身するという話題が大きな反響を呼んでいます。

石井選手は奔放でユニークな発言が何かにつけて衆目の関心を惹きつけ、ワイドショーなどで盛んに取り上げられてきました。

すっかりお茶の間の有名人になった石井選手の重大な決断。

正直、その「才能」で、総合格闘技でもすんなりと成功を収められては、あまりいい気持ちはしないと思いますが、言動も含め、そのパフォーマンスで大いに楽しませてほしいという野次馬的観点で、石井選手の今後を見ていきたいと思います。

その前に国士舘大学を卒業するという課題が残っていますが、せいぜいキャンパスライフを満喫しなさい。

 

 

さて、その石井選手の発言の中で、私が一つ、気になった言葉があります。

 

批判されても、このキャラクターを変えるつもりはないのかという報道陣の問いかけに、石井選手は次のように答えました。

 

 

 

「若さとは、ふてぶてしいものです」

 

 

 

こんなことを言える石井選手が、偉大に見えます。

 

私は、自分では比較的若い人間だと思っています。

私の職場に私より若い人がいないということもあります。

 

そんな私にとって、若さとはふてぶてしいものであるという発想は、到底生まれるはずもないものです。

 

若いのだから、常に謙虚な気持ちで、目上の人たちや先達を敬い、物事を少しずつ学びながら成長していくという考えを、私は持っていました。

 

自分より上に、数え切れないほど多くの人たちがいる。比較することさえはばかられる。

その事実を認識しているからこそ、ふてぶてしい態度など、取ることは許されないと思っていました。

 

しかし、石井選手はどうか。

 

彼は世界の頂点に立ちました。

彼は若くして、ふてぶてしく生きることが許される立場にたったのです。

そんな石井選手の振る舞いを、批判することは凡人のひがみと呼べなくもない気がします。

 

 

一方で世の中には、見てくれだけを繕っていきがっている輩もいるものです。

そのような方たちを見て、自分はこうならないようにしないといけないと学ぶのです。

 

石井選手と私では、悲しいほどの資質の差がありますが、私もいつか、ほんの少しだけ、できれば若いうちに、ふてぶてしい態度をとれるようになりたいものです。

 

 

ちなみに石井選手は、天皇陛下と談笑した際に、

「僕が金メダルを取れたのは、陛下のおかげです」

とコメントしました。

 

当然のことです。

| | コメント (1)

2008年10月 2日 (木)

これが最後の記事。

アメリカは金融危機に陥っているみたいですね。

 

 

私も人生の危機に陥っています。

 

 

地獄を味わっています。

 

 

やり直すという選択肢もありますが、

 

 

新しい場所も、また地獄かもしれません。

 

 

誰からも救いの手を差し伸べられない私は、

 

 

ひっそりと人生に幕を降ろすしかないようです。

| | コメント (2)

2008年9月21日 (日)

弔辞。

今日、私の元に、とても悲しい知らせが届きました。

学生時代にお世話になった先輩が、病気のために亡くなったそうです。

 

その先輩は、とても気さくな方で、いつも周囲の人を和ませ、どんな人にも優しく接する方でした。

 

その先輩は5つ年上ですが、先輩の前では、自然体の自分でいられました。

先輩の周りにはいつも、先輩を慕って、多くの人が集まりました。

先輩からは、多くのことを教わりました。

 

今でも目を閉じれば、笑って冗談を飛ばす先輩の姿が、目に浮かびます。

 

あの人は、病気によって命を奪われるべき人ではありませんでした。

 

多くの人が、ひどくショックを受け、悲しみに沈んでいることでしょう。

 

先輩から教わったこと……それは、たくさんの人と接していろいろなことを吸収し、多くの物事を経験して、自分を高めていくことだったと思います。

事実、私が知っている先輩は、いつもバイタリティに溢れていました。

 

もっと生きたいと願っても生きられなかった、先輩の分まで、生きている我々は、もっと人生を充実させなければならないと思います。

 

人生の中で、壁にぶつかったときや、進むべき道に迷ったときは、よりチャレンジ性の高い方へ進もう、という気持ちにさせられました。

 

比較的若くて、世の中でしっかり生きているからこそ、出来る事があるはずです。

出来る事、可能性を感じる事は、やらないともったいない気がします。

 

自分が今、生きていること、今、健康でいられることに感謝しながら。

 

人生では、多くの不幸なことに出くわすかもしれませんが、生きていること自体は幸福なことなんですね。

 

合掌。

| | コメント (1)

2008年9月20日 (土)

捨てる神あれば拾う神あり。

最近、その意味をじっくり噛み締める機会が多い言葉です。

 

ここ最近はずっと、様々な困難が絶え間なく私を襲い、プレッシャーとストレスと精神的疲労で押し潰されてしまいそうになります。

 

でも、そんなとき、ほんの少しだけでも、私を支えてくれる人たちの存在があったら……。

 

もうちょっと、がんばってみようかな、と思います。

 

折れそうな心を繋ぎ止めてくれる、「拾う神」の人たちのありがたみを、日々、感じています。

 

それは行動でも、言葉でもいいのです。

 

私と関わり、話し合ってくれる人たちが、すごく大切に思えるときがあるのです。

 

こういう感情は、学生時代には抱いたことがありませんでした。

 

辛いときに、誰かに救われる。

 

そうして、明日もまた、辛い思いをするということはわかっていても、

生きていける気がします。

| | コメント (1)

2008年9月 1日 (月)

泥舟に乗り込んで。

「明日は明日の風が吹く」

 

そう思って辛い毎日を乗り切らないと、

 

気持ちがぷっつんと切れてしまうんだよ!!

 

Mlb_photo_3495  

 

 

 

 

いつ終わるのかが全く見えない、暗い闇の中を、

 

息も絶え絶えになりながら、

 

ゆっくり、ゆっくり、歩き続けています。

| | コメント (2)

2008年8月19日 (火)

「(元総理)JKの息子」純一郎はいらなかったですね。

今年も、連日の熱戦を繰り広げた、夏の高校野球が幕を閉じました。

今年も「神の子」長島三奈がメインキャスターを務める「熱闘甲子園」を、連日、観賞しました。

 

ただ、今年は、ここ数年に比べると、盛り上がりに欠ける大会でしたね。

2003年の木内マジックの常総学園や2004、05年の駒大苫小牧のような華のあるチーム、2004年のダルビッシュ有や2006年の斎藤佑樹(当時アグリ・ホンダ)のようなスター性のある選手、昨年の佐賀北のようなミラクルな要素を持ったチームなど、「筋書きのないドラマ」を彩る存在が少なかった気がします。

それはさておき、毎年、高校野球を観ながら振り返り、思いにふけることは、

私の、過ぎし日の高校時代。

もう、5年も前のことになります。

 

この時間の中で、いったい、どれだけの垢が身体にこびりついたのでしょうか。

 

覚えなくていいことばかり覚えて、澄んだ心はいつのまにか忘れてしまって、今の自分がここにいるのです。

それは、成長したと胸を張れる自分なのか、

墜ちてしまったことを恥じる自分なのか。

 

高校野球の心は、ずっと持ち続けなければなりません。

ただ、純粋に目の前の一球に全力を込めて……。

 

大人になると、今日の決勝戦のように、大阪桐蔭が大量リードすると、

「おいおい、もう打ちまくるのはこの辺にしておいてやれよ」

と考えるものです。

空気を読めなどという要求もしたくなります。

 

でも、高校球児は自分がすべきプレーには、一切手を抜きません。

15点を取っていても、次の16点目を取りにいきます。

 

雑念のない世界。

 

人には108の煩悩があります。

大人になればなるほど、煩悩は増えていきます。

高校球児の一人一人にも、煩悩の数には差はあると思いますが、それは大人よりもはるかに数が少ないでしょう。

 

しかし、丸坊主の球児も、最後の夏を終えて、髪を伸ばし始めると共に、知らず知らずのうちに煩悩を積み重ねていくのです。

 

高校球児は、本当の意味で、最後の青春を生きているのです。

もう、戻らない日々、戻らない心。

 

私も、そんな高校生だったと思います。

 

今、大切なことを削って、いらないものを身につけた自分。

一年に一度、暑い夏に、高校球児の姿を見て、自分の中身を顧みないと、どんどん廃れていく気がします。

 

高校球児たち、ありがとう、そしてお疲れ様。

 

私も、真っ白な気持ちで汗を流すべきなのでしょうね。

| | コメント (4)

2008年8月 6日 (水)

NO STEP。

「自分を変える」って言っても、

そう簡単にはいかないことくらい、わかっている。

人は魚じゃないから、時間は出世に導いてくれない。

 

でも、自分を磨くことくらいなら、

できるものだと思っていた。

こつこつ地道に生きていれば、

そのうち報われるって。

 

振り返ってみたら、

結局、ずっと同じ場所に立っていた。

| | コメント (3)

2008年7月23日 (水)

泣きたいだけ 泣いてもいい 涙枯れて しまう位 (浜崎あゆみ「POWDER SNOW」より)。

東京に来て、3ヶ月が経ちました。

社会人として、日々、仕事をして生きていく日々は、

とても長く、ひどく辛く感じられました。

 

この間、私はずっと、富山に戻りたいと、強く望んでいました。

 

八王子はいまだに、自分のホームとは全く思えません。

仕事はうまくいかないし、人間関係も思うようにならない。

土地にも人にも馴染めません。

私が住む八王子のアパートは、ホテルのような感覚です。

旅をする人が、夜を明かすための、仮の床。

私は90日を、ずっと八王子のホテルで寝泊りしているような感覚にとらわれています。

 

ところで私は、この前の連休で、富山に帰りました。

富山でお世話になった人に会ってきました。

富山でお世話になった場所に行ってきました。

 

その場所と、そこにいる人たちには、私にとって大切な思い出が詰まっている。

 

そう信じていました。

その、「戻れる場所」の存在があるから、富山に帰りたいという気持ちが消えなかったことが一因にあると思います。

 

しかし、約4ヶ月ぶりに戻ったその場所は、私が知っているものとは、大きく姿を変えていました。

そこでは、私の知らない人や物事が、その場所を深く侵食していました。

私はそこで、全く馴染むことができませんでしたし、楽しむこともできませんでした。

懐かしくもありませんでした。

だんだん悲しくなってきました。

 

「戻れる場所」は、もう私からずっと遠いところに行ってしまった気がしました。

 

そして、富山の温もりが私から離れていきました。

それは、ひどくがっかりさせられた出来事で、絶望的な感情に襲われました。

 

私は確実に、富山に帰る理由を一つ失いました。

 

富山に対するこだわりは小さくなりましたが、

八王子は相変わらず私を歓迎してくれません。

仕事はちっとも楽しくないし、

八王子で出会った人たちの中でも、別れることになったら名残惜しいと思う人は、特にいません。

 

そう、私は今住むべき場所も、戻るべき場所も失ったのです。

 

では、私はどこに行けばいいのか。

どこか、全く知らない場所に行くしかないのでしょうか。

 

長い旅に出たいです。

世の中と、私の将来を捨ててでも。

お金がなくても構いません。

どうせ報われることのない人生なのですから。

 

片道の飛行機代さえあれば、もうためらう要素はないと思います。

 

でも、現状では、そういう行動をすることは、社会的に許されないのです。

| | コメント (2)

2008年7月 8日 (火)

七夕。

夜空に届けたい願い事があるとすれば、

心ゆくまでバカンスを楽しめるか。

文章を書いて生計を立てる人になるか。

 

でも、願い事は、叶えるために必要な行動をしている人にしか、

叶うことはないってことは、当たり前のことです。

 

でも、叶わないとわかっていても、

何かを願わずには、この7月7日をやり過ごせません。

昨日は七夕。

| | コメント (2)

2008年7月 6日 (日)

I don’t need Summer.

今日の東京はとても暑い一日でした。

夏が本格的にやって来たみたいですね。

夏といえば夏休みですが、

私は今年から働き始めたので、

夏休みなどというものには縁がありません。

これから先もずっと、夏休みのない人生になるでしょう。

夏の思い出など、作れるはずがありません。

まあ、学生時代もそんなにいい思い出はありませんでしたけど。

何をモチベーションに生きていけばいいのかわかりません。

仕事をするのは、生活のため。

今の私に、仕事を通じて自己啓発をしようなどと考える余裕はありません。

学生時代は、働くことで自分が変わるのかな、と期待していましたが、

何も変わっちゃいません。

自分の時間が持てなくなっただけです。

あまりいい出会いにも恵まれていませんし。

何のために東京に来たのかわかりません。

ただ目の前の一日を乗り切ることを続けるだけの毎日なら、

東京じゃなくても、どこで暮らしても同じである気がします。

今の私にとって、夏は暑くて不快なだけの季節。

心身ともに疲れ果てて、秋を迎えるころには干からびているでしょう。

いつまでこんな生活が続くのか……と考えると、

全てを投げ出してしまいたくなります。

自分のペースで仕事がしたいです。

そんな仕事はないんですかね。

ないでしょう。

私には特別な才能がないので、

人の嫌がる仕事、楽しくない仕事しか回ってきません。

夏がうっとうしいだけの季節だなんて、空しい限りです。

| | コメント (3)

2008年6月23日 (月)

「運とは運ぶものである」などと言った人もいましたが。

「人生が変わる1分間の深イイ話」というテレビ番組で、パナソニックの創始者である松下幸之助さんにまつまる深イイ話が紹介されていました。

 

松下さんは、新入社員の面接試験で試験官を務めた際に、必ず、

 

「あなたは運のいい方だと思いますか。それとも、悪い方だと思いますか」

 

という質問をするそうです。

 

どう答えれば松下さんに認められるのでしょうか。

 

正解は、「運がいい方」と答えた人です。

 

なぜなら、運がいいと思っている人は、もれなく周囲の人たちや自分が置かれた環境に対する感謝の気持ちを持っているからです。

 

これは、とても単純なことです。いい話だと思いますが、深くはないかもしれません。

しかし、私はこの話を聞いて、自分の価値観に一石を投じられて、大きな波紋を巻き起こされたような心境です。

 

私は今まで、いつも自分の不遇を嘆いていた気がします。

周囲の人たちに冷たくされると、その辛い境遇を悲しみ、人より劣っている部分があると、「なんで自分はいつも貧乏くじばかり引いているんだろう」などと、どこかに責任を転嫁していました。

 

でも、世界的大企業を興した松下さんは、決してそういう考え方をしないんですね。

 

「私は運が良かったからここまで来られた」

 

常にそういう気持ちを持ち、驕ることなく、感謝の気持ちを忘れることなく。

 

大いに見習い、自分を省みることを急がなければなりません。

 

「自分は運がいい」などとはとても思えませんが、運が悪いなどとも考えないようにします。

 

今の自分に到底、満足などできませんが、今の自分を支えてくれる人たち、自分を社会に留めてくれる人たち、自分をここまで育ててくれた両親、家族、成長の過程でお世話になった恩師、友人、あるいは私に示唆を与えてくれた教育など……本当に、自分でも把握しきれないほど多くの人たちに感謝しなければならないんですね。

そして、「この程度の者ですが、私は立派に育ち、生き続けています」と、心の中でつぶやくのです。

 

私よりも運のいい人たちは、世の中に五万といると思います。

だけど、人の運の良し悪しなど、ある意味で、比較のしようがない事柄である気がします。

 

過去をいくら嘆いても、タイムマシーンで戻って自分の人生史を書き換えることなどできないのですし、ならば今の自分をできる限り前向きに受け入れて、難しい状況をクリアするよう試みるしかないと思います。

 

ちなみに、同じ番組で、大横綱・千代の富士(九重親方)が、嫁に「明日負けたら引退する」と告げた翌朝、勝負の土俵に上がろうとしている横綱に対して、あろうことか「長い間、お疲れ様でした」としたためた手紙を贈ったというエピソードが紹介されていました。

「ウルフ」の嫁がかけたのと同じ言葉を、平成の最凶横綱・朝青龍に贈りたいですね。

2007120100000020jijpspoview000

| | コメント (3)

2008年5月 6日 (火)

こうしてブログが書けるのも、結局、便利な時代にいるからなんですけど。

私が新入社員として毎日働くようになって、一ヶ月余りが経ちました。

私と同じく、この春に就職した人はどのように日々を過ごしているのでしょうか。

私はこの一ヶ月の間、過去に出会った人々や大学生として過ごした時間が、すごく恋しく感じ、一ヶ月が今までにないくらい、長く感じました。

東京に来て以来、いや、大学を卒業して以来、これまでに出会ったほとんどの人とは、連絡を取っていません。取れていないと言うべきでしょうか。

今は、過去にめぐり合った人たちとの関わりが、ほぼ完全に絶たれた状態です。

それは、とても寂しく、孤独な気分を味わうものです。

でも、こんな私のような気持ちは、全ての新社会人が覚えるようなものではないと思います。

なぜなら、友達の多い人や社交性に優れた人は、新しい環境の中にあっても、すぐに周囲に馴染めるものだからです。

いろいろな人と早く仲良くなれる上、以前までの友人たちとも頻繁に連絡を取り合っているから、寂しい思いをすることは少ないし、ストレスも溜まりません。

私はそうではありません。

今、東京の地で、日々孤独を感じているのです。

いつになったら「今が楽しい」と思えるのでしょうか。

今は、「あの頃は楽しかった」と、そんなことばかり考えています。

正確に言うと、あの頃、例えば大学生の頃は、「今が楽しい」などとは全く思いませんでした。

友達は少ないし、暇だし、本当に時間を持て余しているだけの生活でした。

でも、社会人になった今の私から見れば、あの頃の私は、今よりずっと遊んでいたし、いろいろな人と関わっていたし、時間が自由に使えていました。

今は、義務として働きに行く毎日です。自分の時間はかなり減ってしまいました。加えて、職場にもあまり馴染めていないため、気苦労が少なくありません。

こういう立場に立って、ようやく「何も背負わなくていい」ことの気楽さが理解できるのです。

 

時間も自由も友人も、遊びも安らぎも喜びも手応えも、何もいいことがない……それが働くということなら、そしてそれがずっと続くなら、私は硫化水素の香りを欲しがるのかもしれません。

でも、今日の「あいのり」で、貧しいながらも日々の営みを精一杯こなしているガーナの人たちの暮らしぶりをみて、我々日本人はなんて恵まれているのだろうと思います。あのような人たちを見ていると、(彼らに比べて)裕福であるにもかかわらず、自ら命を絶つなんて、貧しい人たちに申し訳ないという気もします。

悪いのは私の不甲斐なさでしょうか。

それに間違いはないでしょう。

でも、物的に恵まれていることが、ある人たちには暗い影を落としているのかもしれません。

特に、ネットワーク、情報伝達手段の発達は諸悪の根源に思えてなりません。

携帯電話、インターネット掲示板、ソーシャルネットワークサービス……これらが原因で起こった自殺や犯罪は枚挙に暇がありません。

いっそ、こんなもの全部なくなってしまえばいいのに、と思います。誰がこんな厄介なモノを生み出したのでしょう。

携帯電話が出てこない、昔の小説やテレビドラマや漫画を見ると、少しほっとするというか、のんびりした気持ちになるのは私だけでしょうか?

だから、時間の流れがゆっくりした場所へ行きたいなあ。

鳴らない携帯電話なんて持っていたって、寂しさが募るばかりですよ。私にとっては、百害あってほんの一利あり、ってところでしょうか。

| | コメント (3)

2008年4月27日 (日)

うるわしきひとには出会えるのでしょうか。

お久しぶりです。ライト兄弟です。

私は今、東京都八王子市で暮らしています。

私は先月、大学を卒業し、4月より新入社員となりました。

入社直後は、名古屋市で10日間ほど新入社員研修を受けていました。

それが終わって、先々週より八王子で勤務しているのです。

八王子に初めて足を踏み入れたとき、「私は果たしてここでうまくやっていけるのだろうか」とひどく不安になりました。

ここは紛れもなく未知なる土地で、知り合いはほとんどいません。

孤独と不安で嫌な動悸すら走りました。

22年間、ずっと富山で生活してきた私にとっては、東京の地はあまりに刺激が強すぎます。環境の違いが大きすぎます。

できれば富山に逃げ出したい。でも、会社に雇われている身である以上、退路はありません。

仕事はわからないことだらけで、ストレスが耐えない今日この頃。毎朝、出勤するのが憂鬱です。

 

私は八王子に来たその日、会社が用意したアパートにて、実家から送った引越しの荷物を一通りほどいた後、某100円ショップへ生活必需品の買出しに行きました。

その100円ショップで、有線から、私の心を激しく揺さぶる曲が流れてきました。

 

 

「帰りたくなったよ 君が待つ街へ 大きく手を振ってくれたら 何度でも振り返すから……」

 

 

いきものがかりの「帰りたくなったよ」です。

 

八王子に来たその日に、この曲を聴いて……はやくもホームシックにかかってしまったような気がしました。

私はいきものがかりが特に好きというわけではありませんが、この曲は歌詞も曲調もリリースされた時期も、すべて私の心を打ったのです。

 

そんな日常なのです。

明日からまた仕事が始まります。

辛いです。

| | コメント (2)

2008年4月12日 (土)

例えば、何もかもが報われなかったときは。

大きな失望を味わったときって、息は苦しくなりますが、涙は出ないんですね。

 

それとも、それは本当に大きな失望ではなかったから、涙が出なかったんですかね。

| | コメント (4)

2008年4月 3日 (木)

みなさんさようなら。

前回の記事から、かなり間が空いてしまったようです。
もしかしたら、このブログの更新がないことで、私の身に何か起こったのではないかと心配した方もいらっしゃるのではないでしょうか。

あ、いらっしゃらないようですね。

では、自分の思うがままに近況をつづりたいと思います。

先日、私は大学を卒業しました。
とても退屈な卒業式、とても窮屈な祝賀会、とてもハードな飲み会を経て、記憶を飛ばし、私の大学生活はむなしく終わっていきました。

そして、夢のような(楽しかったという意味ではありません)日々が過ぎ、私は社会人という身分へと転じました。

東京で入社式に臨み、今、名古屋で新入社員研修を受けています。
そうです、この記事は名古屋で書いているのです。

正直、研修は楽しくありませんが、たぶん自分の糧になるんだと信じて、乗り切れたらいいと思います。

ここで、数少ないこのブログの読者の皆様に、ご報告があります。

私はこの春から、東京で働くことになりました。

今、私の頭の中でYUIの「TOKYO」が流れています。

唐突です。

東京で勤務するということを知ったのは、昨日でした。

この事実を知ったとき、気が遠くなりました。

生まれてこの方、22年間、ずっと一つの土地で暮らしてきて、突然、自分の知らないところで東京で働くという決定がなされ、その辞令を受けたのです。

今の心境は、楽しみな部分や希望といったポジティブな面よりも、不安や恐れ、絶望などといったネガティブな面が多くを占めています。

はっきり言って、東京に行くことに対し、前向きな気持ちにはなれません。

YUIは大きな夢を持って、ギターを一つ抱えて上京しましたが、私には夢も志もなく、ただ上に言われたから東京で生活するのです。

この差はあまりにも大きすぎます。

しかし、この決定には逆らいようがない以上、私は東京で何年間かを過ごすことになるのです。

このブログの読者で、私といくらか関わりのあった人たちのほとんどは、私と会う機会がなくなるでしょう。

私は、大学以前で築いたわずかばかりの人間関係が、東京に行くことによってほぼ解消されてしまうことが、いちばん悲しいことだと思っています。

あるいは、永遠の別れかもしれない。

私の理解者である人たちに、お願いがあります。
もしもこの記事を読んでいたら。

私のことを、できるだけ長く、忘れずにいてほしいです。

 

これからもこのブログの更新は続けるつもりです。
ここで、今までどおり私の近況や松井秀喜、長嶋茂雄、亀田親子らスーパースターの動向をお伝えできればと思っています。

それでは……Good-bye days。

| | コメント (2)

2008年3月19日 (水)

My Life is...。

この間、私の知人が、次のような示唆に富んだことを口にしました。

 

 

どんなに優れた資質を持つ種でも、砂漠の中では枯れてしまう。

 

 

人が育つには、その環境がいかに大切かということです。

 

私にも、思い当たる節はあります。

私には間違っても、優れた資質など持ち合わせていませんが、ときどき、自分の置かれた境遇が気に入らないと感じることはあります。

あれこれ文句を言わずに、自分の力で道を切り開くことが筋なのでしょうが、そのことを踏まえても、納得のできないことはたくさんあります。

 

私が住む砂漠の中には、オアシスはあるのでしょうか。

| | コメント (4)

2008年3月15日 (土)

「ライト」兄弟という者ですが。

L100v40w 昨日、私の身に非常にショッキングな出来事が降りかかりました。

 

私のアパートの風呂場の電球が切れてしまったのです。

 

なぜ電球が切れるという、日常によくある些細な出来事がショックなのか。

 

それは、あと2週間ほど経てば、私はこのアパートを出て行ことが背景にあるからです。

 

つまり、私はあと2週間しか住まないアパートの電球を交換するはめになったのです。

 

私は心の中で、「おい、このファッキン電球、あと2週間くらい持ちこたえろYO!!」と叫びました。

 

もしも、このアパートに住む残り期間が1年とか半年くらいあるなら、「あーあ、しょうがないなぁ」と、電球が切れることに諦めがつくのですが、あと2週間、というところでこの期に及んで電球が切れることが、ものすごく悔しかったです。

あと2週間といえども、電球がなければ不便ですし、新しい電球をつけなければ敷金を引かれてしまいます。

これは、電球を買いに行く手間とか電球代がもったいないとか、そういったことが問題ではないのです。

 

私の人生で最も重要な要素……すなわち、タイミングを全否定されたことが非常に悲しいのです。

 

汚い話、私のアパートにある消耗品類が、あと2週間持ちこたえれば、次に住んだ人に、すぐに電球が切れようが、蛍光灯が切れようが、トイレの水が流れなくなろうがボイラーが壊れようが、何が起ころうと私には何の関係もないのです。知ったことではないのです。

私がアパートから出て行ったら、後は野となれ山となれ、ということなのです。それは誰もが覚える正直な気持ちなのです。

 

電球が切れるこのタイミング……私はまた、悩みを一つ抱えることになったのです。

| | コメント (3)

2008年3月12日 (水)

爆走兄弟レッツ&ゴーという漫画は面白すぎます。

E3839fe3838be59b9be9a786thumb 私は小学生の頃、ミニ四駆という遊びをやっていました。

十数年前にコロコロコミックを愛読されていた方はご存知だと思いますが、ミニ四駆とは、その名のとおり、小さい四輪駆動の車のおもちゃで、いろいろな部品を組み合わせて改造することにより、自分のマシンを速くすることを競うような感じの遊びです。

ミニ四駆とは実にお金を浪費するもので、パーツは平気で300円とか500円とかするので、私のような小遣いの少ないガキは改造競争に遅れをとってしまうのです。

それで、なんとなくミニ四駆に疲れてしまって、6~7ヶ月ほどで飽きてしまいました。今考えると、かなりお金を無駄遣いしてしまった、こんなことするくらいなら本を読んでいればもう少し賢くなったのに、と後悔しています。

 

 

話は変わりますが、私はよく、「もし生まれ変われるとしたら、絶対に私以外の人物に生まれ変わりたい」と言います。

私という人間を生き続ける事は、苦難と悲劇と冷遇と空虚の日々に耐え忍ぶことなので、何もいいことがないのです。

でも、当たり前のことですが、生まれ変わるなんてことはありえないので、考えるだけ無駄だと一蹴されてしまいます。

 

しかし、ミニ四駆のように、自分のある一部分だけを交換・補強などすることはできるような気がするのです。

私という人間は、がたついてまともに走れないミニ四駆のようなものですが、パーツを一つ組み込めば、少しはマシになるんじゃないかと思っています。

タイヤがぼろぼろなら、きれいなタイヤを履かせればいいし、モーターが死にかけているなら、新しいモーターに交換すればいいのです。

車体は交換のしようがありませんが、外を補うことで、体裁を繕い、レースに出しても恥ずかしくないようなマシンに仕上がるのです。

 

私は全ての要素において最低レベルの人間ですが、どこか一つでも人並みにできることがあれば、周囲の人もほんの少しだけ、私を受け入れてくれるようになればいいなと思っています。

何か一つだけでも部品を変える……ちゃんと挨拶するとか、返事を大きな声でするとか、機敏な動きをするとか、愛想を良くするとか……今すぐできそうなことを、始めてみればいいじゃないか……とは思っていますが、そう簡単にはできるようにはならないということが現実です。

自己破産している私はパーツを買うお金がないので、誰かに譲ってもらうか、手作りしなければならないのです。

だから、私自身の更正には莫大な時間と労力と決意を要するのです。

 

 

ミニ四駆のように、決められたコースをただぐるぐると、電池がなくなるまで走り続ける人生は嫌ですね。

| | コメント (5)

2008年3月 5日 (水)

Too tired.

これからの人生、どこに行っても、

人から嫌われたり疎ましく思われたりのけ者にされたりすることが、

ずっと続く宿命なら、

もう生きることに希望が見出せません。

| | コメント (2)

私がいちばん好きなジブリ作品は「火垂るの墓」です。私の心のバイブルです。

2008022700000031jijpintview000 タイのタクシン元首相がタイに帰国したらしいですね。

汚職してイギリスに亡命していたタクシンは、タイの空港ですぐ逮捕されて、即保釈されたって聞いて、なんか茶番みたいな気がしました。

タクシンってイングランドのサッカークラブを買収していたから、もうタイには戻ってこないと思っていましたからね。

 

昔の人はこんな歌を作りました。

 

帰りたい 帰れない さよなら カントリーロード

 

もちろん、この歌詞の主人公は悪いことをしてふるさとを逃げ出したわけではありませんが、この気持ちはなんとなく理解できます。

 

私も、ただ単にそういう機会がなかっただけだと思いますが、通っていた中学と高校には、卒業して以来、一度も足を運んでいませんから。

それは、あまりいい思い出がなかったこと、友達が少なかったこと、それゆえに「ふるさと」に戻るのが気まずいという気持ちに由来します。

だから、私は強がって「いつまでも過去の思い出に浸るもんじゃない」と言うのです。いい思い出がないから思い出話のしようがないだけなんですけどね。思い出して苦い気持ちになることが多いですから。

 

私はこの春に大学を卒業しますが、それにあたって、ふと思ったことがあります。

それは、「大学時代の友達って、卒業したら疎遠になるのではないか」ということです。

私の場合は、大学でほとんど友達ができなかったので、疎遠も何もあったものではなく、そんなことを考える意味はないのかもしれませんが、たいていの大学生は多くの友達とたくさんの思い出をつくったものだと思います。

でも、大学って卒業したらみんな離れ離れになりませんか?

大学とは、さまざまな都道府県から人が集まり、卒業と同時にさまざまな場所に散っていくものです。特に、地方の大学ではその傾向が強いです。

私の場合は、出身地と大学と就職先が全て同じ県なので、あまり気にすることはないですが、その「出身地と大学と就職先」という3つの要素がすべて異なる人もたくさんいると思います。例えば、「長野出身で金沢大学に通い、東京の企業に就職する」というように。

そういう人は、当然、「就職先」の場所で多くの時間を過ごします。そして、休みが取れたら、「ふるさと」に戻ると思います。その人にとってのふるさとって、第一に「出身地」となると思うんです。だから、休暇は出身地に戻って家族や高校以前の友人と再会するという形がいちばん多いと思います。

となると、通った大学のある場所には、そうそう戻る機会はないような気がします。大学のある県に行ったところで、大学時代の友人は離れ離れになっているでしょうし、泊まる場所を見つけるにもちょっと苦労するでしょう。わざわざ時間とお金をかけてまで大学に戻る気にはなかなかならなくなるのです。

そういう感じで、大学時代の思い出とは疎遠になっていくように思います。

大学の友人とはなかなか会うことができない。卒業してしばらくは連絡を取り合うかもしれませんが、そのうちお互い忙しかったりして、関係が途切れていくと思います。

だから、大学時代というのは、「帰りたくても帰り難い」ふるさとなのかもしれません。

よって、大学生として過ごす時間は儚く、それゆえに貴重なものなのです。

 

私は、大学で空虚な4年間を過ごし、この青春に日々に「さよなら」を言わなくてはなりません。実に寂しい気持ちです。

 

タクシンは帰りづらい故郷に、よくぞ戻ってきたものです。

大学時代の友人とはなかなか会う機会が持てないと書きましたが、熱意があればみんなで再会するはできると思います。

しかし、私にはそんな熱意には縁がない気がします。

タクシンのように、歓迎されてもいないのにタイに戻るようなこともできません。そんなに神経は図太くありません。

 

YUIという歌手は、「TOKYO」という曲で、

 

古いギターを一つ持ってきた 写真は全部置いてきた

何かを手放して そして手に入れる そんな繰り返しかな

 

という歌詞を書きました。

私はYUIが大好きで、特にこの「TOKYO」の歌詞に胸を打たれます。

 

私が今いる場所には、手放すほどのものはありませんが、新しい場所では何かを手に入れたい……そんな気持ちでスタートラインに立ちたいと思います。

| | コメント (2)

2008年3月 4日 (火)

人生でもっとも重要な要素といえば……。

人それぞれ考えるところがあるでしょう。

 

家族、友人、信頼、お金、恋愛、努力、健康、娯楽、仕事、立場、実績、笑い、我慢、前進、勝利、知恵、機転、感性、賞賛、継続……

 

さまざまなフレーズが思い浮かびます。

 

 

ちなみに、私にとって、人生でもっとも重要な要素は、タイミングです。

| | コメント (3)

2008年2月29日 (金)

空回り続ける日々。

私にとって、努力とは……

 

穴の空いた桶で水を汲むようなものです。

| | コメント (4)

2008年2月18日 (月)

Deep darkness。

信頼関係が突然崩れたり、信用していた人に裏切られたり。

そんなことが続くと、人を信じることができなくなりそうな気がします。

今まで以上に、自分の殻に閉じこもらなければならないのでしょうか。

| | コメント (3)

2008年2月17日 (日)

涙の数だけ強くなれるとは言いますが。

喜びや幸せといった言葉よりも、苦しみや悲しみといった言葉にばかり出会う人生の中で、疲れを知らずに生きていくことなどできるのでしょうか。

立ち止まって、立ちすくんで、足が動かなくなって、そこで朽ち果てていく。

そんな結末しか思い当たりません。

| | コメント (3)

By the way。

Suicide という英単語をご存知ですか?

 

自殺 という意味です。

 

今、私の頭の中を激しく飛び回っている言葉です。

| | コメント (2)

2008年2月 2日 (土)

さあ、窓を閉め切って、練炭に火をともせ。

私はずっと、自分はひどくネガティブな性格だと思っていました。

「何をやってもだめだろう」

「どうせ何もいいことなんてない」

などと、最初からあきらめの気持ちで物事を捉えることが、完全に習性になっています。

 

しかし、見方を変えれば、私はある意味で、ものすごくポジティブな性格なのではないかと思います。

 

なぜそんなことが言えるかというと、私が今の生活を平然と受け入れているからです。

このひどい生活、何の楽しみもない人生、自分が誰からも必要とされない人間関係を、投げ出していないからです。

 

あなたがもし、私と同じ人生を体験してみたら、2~3日で自殺を図ろうとするでしょう。

そのくらい、どうしようもない人間の、救い難い人生なのですから。

 

これを日々、乗り越えられる私は、非常に前向きな性格といえるのです。

 

ただし、この不幸な人生の泥沼にはまった理由はよくわかっていません。もしかしたら、ネガティブな精神が幸運を全て遠ざけてしまったのかもしれません。

人生とは複雑なものです。

| | コメント (5)

2008年1月26日 (土)

I Will……。

私にとって、この先の人生は、何もいいことが起こらないことくらいわかっています。

 

私なんて、誰にも必要とされない人間なんですよ。

 

不幸と不遇を極める人生です。

 

そんな私でも、世の中の役に立つことはできます。

 

簡単なことです。

安い給料で馬車馬のように長年働いて、年金をもらう歳になる前に死ぬんです。

もちろん最期は孤独死です。

誰にも迷惑をかけません。

社会は骨の髄まで私を搾取して、何も見返りを与えないのです。

 

一つだけ、望むことがあるとすれば、死ぬときは病気とか事故とか自殺ではなく、ぽっくりと穏やかに逝きたいですね。

| | コメント (2)

最低人間。

世の中には、いろいろな才能を持ち合わせる人もいれば、何も才能がない人もいます。

たぶん、大まかに言えば一人あたり平均で一つの才能が与えられていると思います。

つまり、日本には1億2500万の才能があります。

 

才能というものは、実に不公平です。

北野武や松本人志、福山雅治あるいはレオナルド・ダ・ヴィンチのように、才能が一人の人間に集中することもあります。

その一方で、何一つ才能を持ち合わせていない人もたくさんいます。

私などは、才能が何もないばかりか、何をやっても人より劣ります。

 

世の中にはたくさんの「格差」があります。

才能の格差はその一つです。

他にも、収入の格差、教育の格差、家柄の格差、都市と地方の格差、情報の格差、恋愛の格差……。

 

私は世の中のありとあらゆる格差社会において、底辺に位置しているでしょう。

もう痛いほど身にしみて理解しています。

私よりも下に位置する人を見つけることは、サハラ砂漠で10円玉を拾うくらい、困難な作業なのです。

 

何か辛いことがあったら、私のことを思い出してください。

あいつよりはマシだ、と安心できるでしょう。

| | コメント (2)

2007年12月31日 (月)

「偽り」のない思い。

2007(平成19)年はもはや風前の灯です。

 

また1年、不毛な年を送ってしまったな、と感じています。

 

そして、今年も大きな病を患わず、自殺を図ることもしなかった自分に少し驚いています。

 

この世の中で、私の周囲の人たちはあわただしく、しかし楽しそうで充実した日々を過ごしています。

私とは関係のないところで。

私はずっと孤独の中にいて、それを紛らわすことしかできませんでした。

ずっとつまらない気持ちを抱え続けていました。

 

私自身に大きな問題があるのは重々承知しています。

 

しかし、それを棚に上げるわけではありませんが、それでもこう思わずにはいられません。

 

私という人間はなんと不幸なのだろう、と。

 

現代は深刻な格差社会が蔓延しており、世の中には私よりもずっと苦しい思いをしながら日々、生き延びているような人もいるでしょう。

私の嘆きは、そういう人たちにとっては愚かしいことなのかもしれません。

 

それでも、私は私です。私の人生をいちばん憂うのは私です。

全ての行動は、自分の利益のため、としか考えられません。人のため、世の中のためという考え方はできそうにありません。そんな余裕がないですから。

 

ある人が、「日本が戦争に巻きこまれれば、貧困層にとってはありがたい話だ。世の中が混乱して多くの人が富を失い、平等な社会になるだろうし、兵隊に行けば死のリスクと引き換えに多くの謝恩が受けられるから」というような思想を披露したそうです。

 

私はこの考えに共感を覚えます。もちろん、戦争などとは極端すぎる事態ですが、例えば、楽しそうに飲み歩いている集団や、幸せそうなカップルなどを見ると、それを遠目で見つめながら「私はこんなに充実した思いはずっとできそうにない。こいつらの幸せを1%でも分け与えてくれるか、それともこいつらの仲が引き裂かれるか……そうすれば少しは気が晴れるけど……」と思うことがあります。

 

自分の不遇を嘆くだけなら勝手にすればいいことですが、人の不幸を願うというのは、人としてもっとも醜いことなのかもしれないですけど。

 

 

こんなことを考えているような者には、決して恵みは降りかかってこないことくらい、わかっています。

愚痴からは何も生まれません。

 

自分を変えたいです。こんな自分になってしまったのは、いつの頃からだったでしょうか。

極端にネガティブで、人に好かれない、私という存在。

気が付けばいつだってわたしは集団から排除されていました。

究極の弱者。無類の嫌われ者。

 

良かれと思ってやったことは、ほとんどが裏目に出ました。

私についてきてくれる人はいませんでしたし、私も周りについていくことができませんでした。

 

自分の人生を変える、その答えが見つかりません。

自分の人生がこの先、良くなっていく見込みはありませんし、想像もできません。

 

でも、このままでいいやとは絶対に思いません。

今のような暮らしが10年先まで続くとしたら、私は今すぐ命を絶つでしょう。

家族とほんのわずかの友人たちが悲しむことは心苦しいですが。

 

私はもうしばらく、生き続けようと思っています。

世の中にはきっと、私がまだ知らない、素敵なものがたくさんあるでしょうから、それを一つでも多く味わってみたいという、強い思いがあります。

そして、生きるからには、前向きな考え方でいなければならないでしょう。

悪いことばかり考えて、暗い性格で、これまでも多くの苦渋をなめてきたので、それをもう繰り返さないようにしたいと思います。

 

2008年の目標は、自らの手で生命を終わらせないこと、そして、「素晴らしい人生の過ごし方」を見出すことです。

 

あと、できるだけ口内炎をつくらないようにしたいです。

| | コメント (4)

2007年12月21日 (金)

ついに始まったアドルト・ウォー。

Pn2007121101000676 最近、私の身近なところで人間関係のトラブルが起こりました。

以前からいさかいの火種は抱えていたのですが、ある悲しい事件がきっかけで、危うかった信頼関係がガタガタと崩れ落ちてしまいました。

争いごとをあまり好まない私は、どうにかして和解の方向を模索しようとしたのですが、結局、事件の被害者がこの人間関係を離脱するという形に終わってしまいました。

和解に失敗したことにより、私を含む、この集団に属する人たちは、今後も不信感を拭い去ることはできないと思います。

悪いことをした側の人が素直に謝罪すれば、被害者は態度を軟化させ、事態は収束したかもしれなかったのですが、加害者が抱く妙なプライドが頭を下げることを拒否したのでしょう。

実に頭の痛いことです。

悪いことは悪いと認める。そしてしっかりとした形で保障する。

舛添にもさっさとそうしてほしいです。

| | コメント (0)

2007年12月 3日 (月)

MY LIFE。

私は最近、健康に気を遣っています。

 

その理由は、病気などではなく、私自身の手で私の生命の幕を引きたいから……。

| | コメント (0)

2007年11月 3日 (土)

明日を変えるために。

人の話をちゃんと聞くっていうことは、とても重要なことなんですね。

どこにでも、自分の知らない大事なことをたくさん教えてくれる人がいるものです。

私は先日、ある人物と本音で話し合いました(禁酒を始めた後なので、もちろんノンアルコールで)。

その結果、自分自身がいかに愚かで恥ずかしい人間であるか、ということに気付かされました。

自分の考え方の浅はかさ、意思の弱さ、話の説得力のなさ、人望のなさ、あまりに無知であること、身勝手なこと、人に不快な思いをさせていたこと、人の役に立っていないこと……。そして何より、人が自分のことをどう思っているのか、まったく理解していなかったこと……。

穴があったら入りたいとはまさに今の気持ちです。

私が今までに長い時間、無能の上に重ね続けてきた行動を、心から深く反省しています。

本気で、自分自身が変わらないといけないと思いました。

 

その話し合いでわかったことは、人を思いやること、人の立場に立って物を考えることが、信頼関係を築くために重要であることです。

多くの物事は自分の思い通りにいかないということは、以前より重々承知していました。それなのに、今までの私はいつも自分本位で物を考え、行動してきました。

厳しく言えば、私は常にどうすれば自分が利益を得られるか、ということだけを考えていた汚くて寂しい人間でした。

そして、いつも人の幸福を妬んでいました。

そうして視野の狭い生き方をしてきた結果、多くの人たちを傷つけ、次第に信用を失っていきました。

ただただ、いろいろな場所でいろいろな人に迷惑をかけ続けてきたことを、後悔し、深く反省する次第です。

 

繰り返しになりますが、これから心がけなければならないことは、人の立場に立って物を考えることです。

人を尊敬できない人は、だれからも尊敬されなくなる。

人をうらやんだりしないで、心に余裕を持って、できるだけ人に対する理解と誠意のある人物になろうと思いました。

| | コメント (0)

2007年10月28日 (日)

Dreams come true.

昨日見た夢の話をします。

 

 

ふと気が付くと、何の脈絡もなく、急に、私の奥歯が激しくぐらつき出しました。

 

舌先でぐらつく奥歯を触ってみると、その勢いの程は、今にも根っこが取れそうなものでした。

 

焦った私は、歯を食いしばって何とか奥歯のぐらつきを止めようとしましたが、全く止まりません。

 

私の背中は、冷や汗でびっしょりと濡れていました。

 

それからしばらくすると、口の中で嫌な感触が残るとともに、歯のぐらつきが止まりました。

 

口に手を当てると、口の中から、抜け落ちた奥歯が3本ほど出てきました。

 

私は、「うわーっ

 

と叫びながら、これは夢であってほしいと思って、体を激しく揺さぶったりして目を覚まそうと試みましたが、この夢から抜け出すことができません。

 

それで、口の中の状況がどうなっているのかを見るために、私は自宅の洗面所の鏡の前まで、猛スピードで駆け出しました。

 

鏡には、奥歯が3本ほど無くなっている口の中がはっきりと映し出されました。奥歯の痕からは、わずかに血が垂れ流れていました。

 

何の前触れもなく訪れた悲劇……私は絶望に打ちひしがれ、体が凍り付いてしまいました。

 

 

そこで私は目を覚ましました。

目が覚めても夢と現実の境目がはっきりわからなかったので、すぐに歯ぎしりをしてみました。

その感触からは、私の全ての歯の無事が確認できました。

 

 

嫌な夢でした。

また嫌な夢を見たら、書きます。

| | コメント (0)

2007年10月26日 (金)

ていうかWiiやったことないし。

41cwzlk8fdl 任天堂の家庭用ゲーム機「Wii」の売り上げがうなぎ上りだそうです

 

 

私は貧困層に属しているので、「Wii」などという高嶺の花には初めから縁がないのですが、もしもタダで「Wii」がもらえることになっても、欲しいとは思いませんね。

 

「Wii」は、家族や友人など、多人数で遊んでこそ、もっとも楽しめる特性のあるゲーム機です。

 

つまり、友人がいない私など、お呼びでないということです。

 

一人で「Wii」のコントローラーを熱くなりながら振り回すのって、寂しいと思います。

一人でやるのなら、ソニーのプレイステーションのように、地味にボタンをカチカチと操作するゲームのほうが楽しいし、奥が深いと思います。

 

しかし、世間では「みんなで楽しく遊べるWii」(一人でやったら寂しいWii)が売れ筋なので、これからは人気ソフトがことごとく「Wii」で発売される傾向になるようです。

一人でも大いに楽しめるプレステのソフトのラインナップは、これから先は、乏しくなるかもしれません。

 

私はそれほどテレビゲームを好んでプレイすることはありませんが、「Wii」の人気は実に不愉快な現象です。

 

孤独な者がますます生きづらくなる……どうやら私はこの社会で、苦しみだけを感じながら生きていく運命にあるようですね。

| | コメント (0)

2007年10月24日 (水)

さあ、希望なき明日に向かって走り出せ。

最近、ニートや引きこもりの人を対象にしたカウンセリングをやっている人と話をする機会がありました。

 

私はそのカウンセラーの人に、こんなことを言われました。

 

 

「お前、ニートになる可能性かなり高いよ」

| | コメント (0)

2007年10月 1日 (月)

魂を鎮めるために。

私は幼い頃から性格に致命的な欠陥――誰とも相容れない、あらゆる人に嫌われる性格――を抱えており、常に人間関係に悩まされ続けてきました。

 

大学生になってからは、それ以前にまして、この難のある性格で多くの人を敵に回し、あらゆる場面、コミュニティにおいて孤立するようになりました。

 

私は自信というものをすっかり失い、深い自己嫌悪に陥りました。

 

人に対してどう向き合えばいいか分からず、どう振る舞っても信用を失う……気が付けば、私の居場所はどこにも見つからなくなっていました。

 

私の性格の悩みに追い討ちをかけた出来事は、就職活動でした。数多くの企業に蹴られ続けた結果、私は自分自身に対して一つの結論に達しました。

 

誰にも必要とされない、どこにも行く場所がない、存在価値のない人間。

 

それが私です。

 

今、私は何のために生きているのかわからなくなっています。孤独と貧困という将来像がはっきりと見えているのに、これ以上生きることにこだわるのは、苦行以外の何者でもない気がします。

 

就職活動の大失敗で、私はますます深みにはまってしまいました。自分自身の全ての要素が、あらゆる人を不快な気持ちにさせる、そんな気がしてならないのです。

 

最近は、後輩、年下の私に対する視線が痛々しく感じるようになってきました。彼らは、この終わった人間に対して、まったく敬意を払おうとしないのです。表面上は丁寧語を使ったり、気を遣ったりしていますが、私のことを見下していることは、その振る舞いから、明らかに伝わってきます。

 

年下からの軽蔑がいちばん苦しく感じます。年下に自分を否定されると、私の人生と私を構成するあらゆる要素が否定されるように感じるのです。

 

そして、後輩からの侮辱に対して、何も反発できない自分がさらに惨めに思えます。何かを言い返すと、「お前ごときゴミ人間が、人様に何を言う資格があるのか」と言われそうな気がするからです。

 

 

 

もう疲れました、さようなら。

もうこの世界に未練はありません。

| | コメント (1)

2007年9月25日 (火)

全ての物事は私に背を向けて動き続ける。

私という人間は、さっさと死んでしまったほうがいいのだ。

 

 

生きていても、何の役にも立たない。

 

時間と物資を無駄にし続けている。

 

誰も私の存在を気にかけていない。

 

いつだって、周囲から排除される存在だ。

 

 

今ここにある無意味な生命など、一刻も早く絶ってしまえばいい。

 

それくらいわかっている。

 

でも、私はまだ生きている。

 

なんで死なないんだろう?

 

なんで死ねないんだろう?

 

早く死ねばいいのに。

| | コメント (0)

2007年9月20日 (木)

あなたが持ってる 未来行きの切符 夢は叶うよ 絶対叶うから 行こう (モーニング娘。『Do it! Now』より)

私は決して若くはありませんが、今でも、夢への切符を持っています。

 

 

その切符は、往復切符です。

 

夢破れて、現実に戻ってくるのです。

| | コメント (0)

2007年8月14日 (火)

TOO MUCH PAIN。

今の私は生きる屍のようなもの。

何もすることがない。

何かすることが生まれるあてがない。

何かをしようという気力もない。

何かをしようと誘う人もいない。

 

外に出れば失敗を繰り返す。

その積み重ねが、私を世間から隔離したのだろう。

 

時には私も必要に迫られて動くこともある。

しかし、義務は果たすものの、それに見合った権利を得たためしがない。

疲労と引き換えに私が得るものが、正当な対価に基づいたためしがない。

私ほど時間という貴重品を無駄にしている者がいるだろうか。

私の無駄な時間を忙しい人に売ることができたらどれほど有益だろうかと、あり得ないことを考えてまた時間が過ぎる。

 

私の人生には刺激がない。

楽しかったり、悲しかったり、嬉しかったり、辛かったり、笑ったり、熱かったり、ときめいたり……。

そういった感情とはまったく縁がない。

平坦でつまらない毎日の繰り返し。

私の日記に「special」な出来事は一切、綴られてない。

退屈すぎて死んでしまいそうという感覚。

 

もしも私が、一人暮らしをする自分の部屋で餓死したら、

どのくらいの時間をかけて発見されるだろうか。

部屋を完全に閉め切ったら、腐敗臭は外に漏れない。

日頃から、私の存在を気に留める者などいない。

携帯電話は持っているが、滅多に着信することはない。

私の不在に誰かが気付くまで、どのくらいの時間を要するだろうか。

私の不在を誰かが真剣に憂慮して、私を捜し始めるまでに、どれくらいの時間を要するだろうか。

私の孤独死は、いつになったら気付かれるのだろうか。

そして、私の死は、誰の心を動かすのだろうか。

 

一度、親に言ったことがある。

「私がもし死んでも、葬式はしないで」と。

理由は、親族以外、誰も来ない気がするから。

義理ではなく、本当に私との別れを惜しんでくれる人がいない気がするから。

閑散とした葬式の会場を見た親は、

「この子はこんなに友達が少なかったのか……」

と、私の死という事実と同じくらいの悲しみを覚えることだろう。

そんな思いをしてもらいたくないから、私の葬式はやらないでほしい。

 

もちろん、私の死を、義理ではなく、心から悔やんでくれる人も、ごくわずかながら、いると思う。

そういう人の存在は、本当にかけがえのないものだと思う。

友達が少ないなら、その友達とは離れたくない、大切にしたいという気持ち。

この気持ちに偽りはない。

私は裏切らない。だからあなたも裏切らないで。

あなたが私と話したり、笑ったり、怒ったり、繋がっていてくれるから、私は生きていられるのかもしれないから。

 

今は少しだけ、温かいものに触れた気持ちでいる。

だけど、朝が来て目が覚めたら、

相変わらず私は生きる屍のようなもの。

| | コメント (0)

2007年7月18日 (水)

春~spring~。

Flower1005 人はよく、幸せが訪れることを、

春が来る

と言います。

 

「春」について、思うことがあります。

 

 

主に中高生のときに訪れる、「思春期」という時期がありますが、

 

思春期とは言うものの、

 

誰にでも春が訪れるわけではないですよ。

 

 

 

私がそうであるように。

| | コメント (0)

2007年5月 4日 (金)

ひたすら自分自身について考察する、実に自分勝手な記事。

今日はアルバイトでした。

私のアルバイト先は、居酒屋なんですよね。たぶん、アルバイトに関する話は本邦初公開なのではないかと思います。

だからどうしたって感じですよね。

 

それで、今日のアルバイトで何があったかというと、とある有名人が来店したんです。

その方は、かなり知名度が高い(と思われます)、ベテランの俳優(男性)です。

私はその俳優の接客をしました。

最初に飲み物の注文を聞いて、次にその飲み物を出すと同時に料理の注文を聞いて、その次に料理を一品出したときに、その俳優は私にこんなことを言いました。

 

「あなたは見た感じ、ピュアな方ですよね。この前にこの店に来たときにいた店員の方もピュアな感じの方でしたけど、この店の人はみんなピュアなんですか?」

 

その俳優はまだビールに少し口をつけただけで、ぜんぜん酔っ払っている感じではなかったのに、ただのアルバイトである私に向かって、多弁に話しました。

私はその俳優のことが特に好きでも嫌いでもありませんでしたが、実際にちらっと接してみると、人当たりが良く、気さくな方で、いい印象を持ちました。

 

私がここで問題にしたいのは、この俳優が私に対して「ピュアである」という第一印象を抱いたということです。

「pure」というよく知られた英単語は、和訳すると、「純粋な」「潔白な」「清潔な」という意味です。

俳優は私のことを「ピュアだ」と言いました。自分で言うのもなんですけど、それは当たっていると思います。

その俳優は、そういうポジティブな意味でピュアという言葉を使ったのでしょうか。

私はそのピュアという表現を、いい意味では捉えることができません。

俳優が私に見たピュアさというのは、実際には「人生経験が浅い」とか、「洗練されていない」とか「器が浅い」というような意味なのではないかと思っています。

もしそういう見方で「ピュアだ」と言ったのなら、俳優は観察眼の鋭い方だと思います。私はまったくその通りの人間だからです。そう考えると、俳優が私に対して言った「ピュア」は、鋭利な皮肉だったように聞こえてしまいます。

 

その俳優はベテランゆえに、様々な俳優と共演しています。なので、人を見る目はかなりあると思います。

同じように、人を見る目が試される職業といえば、企業の人事職ではないでしょうか。

特に、求職者を相手にする、ほんの10分かそこらの面接では、人事職の方は求職者の人柄や能力を、高い精度で捉えることが求められます。

そういう人は、たぶん、面接で私を相手にすると、私がピュアな人間であることを見抜くことができるのではないかと思います。

それで、私は今のところ面接を受けた企業は片っ端から落とされているので、面接官が私に抱く「ピュア」という印象は、きまってマイナスに働いているのではないかと思います。

そう、彼らの目に私は、「人生経験が浅い」とか、「洗練されていない」とか「器が浅い」というような意味での「ピュア」に映っているのでしょう。

私はそんな自分のピュアさを呪います。

そもそも、こんな文章を書く人はピュアな人と言えるのでしょうか?

 

そして、私のこの「ピュアさ」は、人間関係を形成する点においても、マイナスに作用していることは間違いありません。

「純粋」とか「清潔」とかいう意味での「ピュア」な印象を抱かせる人なら、友達がすぐにできそうな気がします。でも、私は友達がほとんどできないので、私の「ピュア」は、悪い意味での「ピュア」なのでしょう。そう、「ピュア」を裏返して、魅力を感じられない、経験不足、浅はかでつまらなさそうな人間、と捉えられるのです。

 

一刻も早く、「ピュア」から脱却した方がいいのかもしれません。良くも悪くも、ひねくれたり曲がったりした方が、他人から興味を持ってもらえる可能性はあると思います。

私は自分から人に話しかけることができない性格なので、いかに人から気に掛けられるように振る舞うかが、充実した人間関係を築くための鍵になります。

そういう点で、今のところ「ピュア」は印象が良くないのでしょう。

そもそも、高校生で「ピュア」と呼ばれるならまだしも、大学生になっていまだに「ピュア」であることには、価値がない気がします。「いまだにピュア」「ピュアな大学生」は手遅れというか、情けないというか、さっさと次の段階に進んだほうがいい類の人間だと思われます。

振り返ってみれば、今同様「ピュア」だった高校の頃は、今よりも周りから話しかけられることが多かった気がします。高校生にとって「ピュア」であることは、キャラクターとしていくらか存在価値があるのかもしれません。

今は、周囲からはほとんど無視される人間になってしまいました。大学で「ピュア」は、もう通用しないということは、面接で失敗を繰り返していることも含めて、火を見るより明らかです。

 

俳優に指摘された「ピュア」という私の第一印象。

これは、乗り越えないといけない壁だと感じました。

俳優の言葉に重みを感じます。そうでなければ、こうして長文を書くこともなかったでしょうから。

| | コメント (2)

2007年5月 3日 (木)

東北楽天ゴールデンイーグルスの「ゴールデン」は何の意味があるのでしょうか?

どうやら一般社会では、ゴールデンウィークが始まったみたいですね。今年は子どもの日(5日)が土曜日と重なったことから、カレンダーの上では短い連休になってしまったようですが、それでも4連休です。国内外に旅行したり、帰省したり、いろいろな人と遊び回ったりと、さまざまなゴールデンウィークの過ごし方があることでしょう。

私はといえば、去年も書いたように、ちっともゴールデンではない連休を過ごす予定です。遊ぶ予定がまったくないばかりか、6日(日曜)には就職活動(選考試験)の予定が入っていて、浮かれ気分になることさえ許されません。

 

みんないいな、ゴールデンウィークに遊ぶことができて。なにもすることがない私にとっては、ゴールデンウィークの存在と、そのネーミングが憎くて仕方がないよ。他人の幸せは、私にとってなによりの苦味なんだよね。せいぜい浪費でもしてきやがれ。くそっ。

 

と、毎年毎年代わり映えもなく、自分の孤独と不幸を味わされる。それが私のゴールデンウィーク、いや、大型連休観でした。

 

しかし、私は就職活動を通して、この大型連休に対する認識が少し変わりました。

ゴールデンウィークをゴールデンだと感じられないのは、私のようなヒマ人だけじゃないんですよね。

世の中には、ゴールデンウィーク中に仕事をする人がたくさんいるということを実感しました。

誰かが遊ぶためには、その遊びを提供する人がいないといけない。旅行に行くにしても、電車や飛行機を運転する人がいないと、どこにも行けなくなってしまいます。みんなが休んでいるときに仕事をする人がいないと、世の中の機能が成り立たなくなります。

そういう人たちのことを考えると、確かに、ゴールデンウィークというネーミングには消費活動の活性化という狙いがあるでしょうが、「ゴールデンウィークに仕事をする」という人たちのことも気遣ってほしいと思います。

大型連休中に仕事をする人のことを考えると、ゴールデンなんて言い方は一方的に過ぎるのではないかと思います。

いつまでたっても、戦争の傷跡が残る時代に映画配給会社が売り上げ増を狙ってつけた名前を使い続けるのもナンセンスではないでしょうか。

 

なので、今年もやっぱり、大型連休という言葉を使え!という結論に達します。

| | コメント (0)

2007年5月 1日 (火)

存在価値のない人間。

今、ひどく悩んでいる。挫折、また挫折の繰り返し。

人生で今ほど苦しい時期はなかった。

 

誰かにこの苦しみを和らげてほしい。

誰かに私の話を聞いてほしい。私に共感してもらい、私を慰めてほしい。

誰かが私と一緒にいてくれるだけでも、嫌なことを少しは忘れられる。

 

 

 

でも、その誰かはどこにもいない。

私が誰かに「私の存在」を気に掛けてもらえるような人物だったなら、そもそも最初からこんなに苦しまなくてもよかったのかもしれない。

 

 

全てはもう手遅れだ。

苦しい時期に孤独であることが、さらにその苦しみを増長する。

| | コメント (1)

就職活動で片っ端から企業に蹴られている人間には、人並みの生活など夢のまた夢です。

内定を取りました!!!

 

 

 

 

 

ニートの内定を取りました。

私なりに就職活動をがんばってみたけど、

どこの会社も私を雇う気なんてこれっぽっちもないんだってさ。

結果の出ない努力は無意味なんだよね。

結果を出すために努力したんだから、その目的(内定)以外に何かを求めちゃいけない。

正社員じゃ働けそうにないよ。

今、正社員になれなかったら、この先ずっと正社員にはなれないよね。

働く気が失せた。社会の入り口に踏み出したくない。

だからニート内定。

これが、私の存在を否定され続けて出た結論。

ていうか、ニートの内定なんて、何もしなけりゃ誰でも取れるよね。

わざわざブログに書くことじゃなかった。

 

ついでに、もう一つ、内定を取りました。

格差社会の底辺で、孤独と貧困に苦しむ将来の内定を。

| | コメント (0)

人間的魅力、職業能力、社交性いずれも欠けている者はこうなります。

働きたくない。面倒臭い。きつい。ていうか就職先ない。

 

学生を続けたくもない。だって、つまらないから。絶望的に。

 

ニートになりたくない。そうなることを親が許さない。社会に復帰できなくなる。

 

じゃあ私はどこへ行けばいい?

 

過去にも現在にも未来にも、救いはない。すべてが暗闇の中。

| | コメント (0)

2007年4月15日 (日)

機会は日に日に限られたものになります。

どこで聞いたかは忘れましたが、私は2、3ヶ月前に、こんな金言に出会いました。

 

賢者は他人の経験から学び、

愚者は自分の経験から学ぶ

 

というものです。

それを聞いて私は、「ああ、なるほど、まったくその通りだ」と、感銘を受けました。

「人の振り見てわが振り直せ」

という有名なことわざがありますが、それができる人は、先の金言に照らし合わせれば、賢者と呼ばれるのでしょう。

他人の経験から学べば、より引き出しが増えるでしょうし、失敗も事前に回避できるようになる気がします。

 

私は、といえば、間違いなく愚者に位置づけられるでしょう。他人がやっていることを正しく、深く理解することはできていないと思いますし、そもそも他人のことを見る前に、私の人間関係の輪が狭く浅いので、「他人の経験から学ぶ」機会そのものが限られています。

私は人より多くの失敗を重ねていると思います。

「あぁ、やってしまった」と自分で失敗に気付いて後悔することもありますし、「お前がやっていることは間違っている」と叱られて初めて失敗に気付くこともあります。

私の就職活動は、まさに失敗の日々です。自分の失敗を糧に、次はそれを繰り返さないようにしようと心に誓います。

よって、私は愚者です。失敗という経験をしないと学べないのです。

そして、まだまだ学ぶべきことはたくさんあります。今日も就活の面接で、ひどい間違いをして、傷ついて、反省しました。

賢者になれそうにないなら、私は愚者なりに、失敗を忘れないように生きていきます。

 

でも、時々、前にやったのと同じ間違いをしてしまうことがあります。失敗の経験を成長の糧にできない……自分の失敗からも学べなければ、愚者にすら値しない、どうしようもない人間、ということになるのでしょうか。

難しい境遇にいるときこそ、できるだけ緊張感と自戒の気持ちをもっていないと、取り返しのつかない後悔をすることになるでしょう。

 

 

Kago_ai19  

 

そう、加護ちゃんみたいに。

| | コメント (2)

2007年4月13日 (金)

人生でいちばん悩ましい日々。

今年の就職戦線は、空前の「売り手市場」と呼ばれ、企業は新卒者に対して、門戸を広く開けて待っているということらしいです。

もはやデフレ不況は過去のもの。たいていの企業はここ数年、順調に売り上げを伸ばし、人材を積極的に採用しようという向きです。

求人倍率は2倍に届こうかという勢いで、もはや求職者は「企業に選ばれる」立場ではなく、「企業を選ぶ」立場であるとも言われます。

今、就職活動をしている人たちは、タイミングに恵まれたということですね。

 

しかし、こういういい環境の中にあっても、実は、まったく内定の取れないみじめな大学4年生が存在するということをみなさんはご存知ですか。

 

そうです。この私こそ、「まったく内定の取れないみじめな大学4年生」なのです。

 

私は決して就活をさぼっているわけではありません。就活を始める時期もだいたい周りの人と一緒くらいでしたし、説明会や選考会を受けた企業の数も、人並みにこなしていると思います。

それでも、ことごとく「不合格」の通知を受け続けています。

私は一応、自分の身の程は知っているつもりです。誰でも名前を知っているような大企業だけを受けて、ことごとく蹴られているわけではありません。私が試験を受けているのは、ほとんどが地元の企業で、決して、

「私○○の内定もらったよ」 「えー、すごいじゃん!」

などという反応が返ってくるようなレベルではありません。

でも、まったく受かりません。受かる気配や手応えは、微塵もありません。

 

私は最近、年上の方に、就職活動における、こんなアドバイスをいただきました。

「就活っていうのは、何十社も受けてやっと1社受かるような、厳しいものだから、落とされたっていちいち落ち込んだらだめだよ」と。

しかし、その助言をくれた年上の方は、時代が変わっているということを、ちゃんと認識しているのでしょうか?

新卒者を巡る就職の状況は、ここ何年かの間、次第に良くなっています。おととしより去年、去年より今年、という具合にです。

だから例えば、おととしに就活をした人は、30社受けて1社内定をもらうのが平均的な状況だったかもしれませんが、今年は平均で15社受けて1社内定をもらえるようになっているかもしれません。

「売り手市場」の傾向が強い今、私たち平成20年度新卒者は、先輩たちが就活をしたときよりも、ポジティブな環境に身を置いているのです。

先輩の「落ちた」より、今の新卒者の「落ちた」の方が、ダメージが大きいのです。

 

しかし、それでも内定を取れない、だらしのない者が存在するのです。

ダメな奴は、いつの時代に生きてもダメなのには変わりない。

どこも内定取れないような奴は、バブルだろうが大恐慌だろうが、景気に関係なく雇ってもらえないものなのでしょうか……?

ゆとり教育の中でも、「落ちこぼれ」が出ることを防げないのと同じようなものです。

 

そういうわけで、私は「社会に適応できない、不要な人間」の烙印を押された感があります。

何となく気付いています。私はいくら面接を受けても、その面接官に良い印象を与えるような振る舞い、話し方、説得力の術は、ほとんど持ち合わせていないということを。

その一方で、いとも簡単に内定をたくさん取ってくる人がいます。その人とは、そもそも、「モノ」が圧倒的に違います。そういう人はきまって、頭が切れて、人当たりが良くて、容姿が良くて、話が上手で、親しみやすい……私とは対極に位置するタイプの人間です。

 

この就職活動を通して、本当に、自分のことが嫌いになりました。自分の性格をはじめ、自分を形成する要素の全てを呪ってやりたい気持ちです。

生まれ変わるとしたら、絶対に自分以外の人間に生まれ変わりたいです。

 

今夜も私は一人、右手にナイフを握りながら、左手首を見つめて、時を過ごすことになりそうです。

 

 

……と、ここまで、徹底的に自分のことをネガティブに書きなぐりました。

ここに書いている大方のことが真実だと思います。

でも、願わくば、自分が思っているほど自分はどうしようもない人間じゃない、ちゃんと救うべき部分があるんだよ、ということに気付きたいです。というより、誰かに慰めてもらいたいです。

ああ、本当に私は弱い人間です。助けてくれる人がいなかったら、どんどん勝手に溺れていくんですね。

 

最近はずっと、こんなマイナス志向な日常です。

| | コメント (2)

2007年4月11日 (水)

来年の今頃、私はハローワークに通っているでしょう。

最近はもっぱら就職活動に奔走しています。

大学生でありながら、私服よりも、スーツをより多く着ている気がします。

ここ1、2週間は、バイト先の従業員と親を除けば、志望企業の面接官としか会話をしていない気がします。

「喋る」という行為を忘れかけているところに、よりによって面接試験をやっているのですから、うまくいくはずがありません。

そんなわけで、もちろん今日現在、内定をもらった企業は一つもありません。

たった1つでも、内定をもらえるかどうか、そのあてすら見つかりそうにないです。

そのあたりの個人的な事情は後日、このブログの中で嘆き節を展開しようと思います。

 

今日、私がここでお伝えしたいことは、私自身が進むべき道を見失いつつあるということです。

これまでに、様々な業種、企業の説明会や選考会に参加してきました。

私は本格的に就職活動を始めたのが2月の中頃からと、やや遅めだったため、今はその遅れを取り戻すべく、私なりに精力的な動きをしています。

日によっては、2つの企業の訪問を掛け持ちする「分刻み」のスケジュールを強いられることもあります。

そんなとき、私は自分のことを東国原知事みたいだな、と思ったりします。だれもそんな私を励ましてくれませんけど。

この状況下で、私は痛すぎるミスを犯してしまいました。

某コンピュータ会社の面接を受けたときのことです。

この会社の選考会は午前中に筆記試験、午後に面接という二本立てでした。その筆記試験は3時間と長めで、非常に頭をすり減らしました。しかも、筆記試験の数学の問題が私には難しすぎて、ほとんど回答できませんでした。この数学のテストは、文系の私に、「8進法」という未知の領域に踏み込むことを要求しました。

おかげで、「あーあ、これはもう筆記の時点で落とされたな」と確信しました。

その後、昼食(会社から弁当が支給されました)を食べた私は、なんかもうこの会社のことがどうでもよくなってきて、投げやりな気分になりました。面接を前にしての私の心境は、緊張感よりも、面倒臭いなー、という帰宅願望が支配していました。

そして、面接が始まりました。

質問されることは他の会社とだいたい同じです。大学でどんなことを学んだのか、どういうサークルに所属していたのか、家族構成は?趣味は?など、よくある質問に対し、他の企業の面接(ことごとく縁を絶たれています)で答えたのと同じように話しました。

そして、問題は次の質問に対し、痛すぎるミスを犯したのです。

面接官「当社を志望した動機を教えてください」

私「あのー、私、第一志望の業種は金融なんですけど……」

 

おいおい、今、面接を受けている企業はコンピュータ会社だぞ!!

しかも、質問と答えがかみ合ってないし……。

森喜朗も顔負けの「失言」をやらかしてしまったのです。

その時点で、この会社とはぷっつり縁が切れたことは言うまでもありません。

ついでに言えば、本当の私の第一志望の業種は「住宅」です。

もう、自分でもあのときの発言の意味がわかりません。

 

そういうわけで、私の就職活動は迷走を続けているのです。

| | コメント (0)

2007年3月31日 (土)

Dear my friends。

私と私の友達は、楽しくおしゃべりをしている。

そこに、友達の友達が現れて、私の友達に声を掛ける。

友達と友達の友達が話し始めて、その話は次第に弾んでくる。

 

私はそんな状況が大嫌いです。

そういう立場に置かれたら、できるだけその場を離れるようにします。

この、友達と一緒にいるのに味わう疎外感、これが許せません。

 

友達の友達に心を開いて、楽しく話せばいいのでは、と言う人もいるでしょう。

でも、私にとって、「友達の友達」とは、他人以外の何者でもありません。

極度の人見知りなので。

「友達の友達」が、「友達」に変わることもあります。

でも、「友達」になり得ない「友達の友達」は、私と私の友達の時間を邪魔するだけの存在です。

そして残念なことに、私が「友達の友達」と親しくなることは滅多にないのです。

私のこんな嘆きに共感しない人がうらやましいです。

| | コメント (0)

2007年3月20日 (火)

どこでもいいので私を雇ってください。背番号は205番でいいです。

就職活動において、エントリーシートや面接の中で、「あなたは5年後、10年後にどのような自分になっていると思いますか?」と問われることがあります。

そんなとき、私は決まって、「家族を持って幸せに暮らし、毎日の仕事に精を出してキャリアを順調に積んで、充実した日々を過ごしていられたらいいと思います」というような感じの回答をします。

 

そんな私は大嘘つきです。

5年後、10年後なんて全く想像の及ばないところですし、「家族」「幸せ」「充実」などといった言葉とは縁遠いところにいることが濃厚だと思います。

しかし、正直に「そんな先のことなんてわかるわけないと思うんですけど……そうですね、フリーターでもしながら、一人で細々と生き延びているんじゃないでしょうか」などと答えたら、恐らくその会社には落とされるでしょう。私は内定を得るために、多少の嘘をつかなければやっていけないのです。

 

嘘といえば、性格適性検査でも回答を偽ることがあります。

「あなたの性格は明るいと思いますか?」

「あなたは社交的な人物ですか?」

「あなたは大人数の中で良い人間関係を築くことができますか?」

などといった設問に対し、5段階評価で解答する場合は、たいてい「3(ふつう)」か「4(どちらかといえばそうだ)」と答えます。

 

そんなわけねーだろ!!本当は全部「1」!!甲乙丙の丙!!

でも、実際に「1」と答えたら、その書類選考の段階で落とされそうな気がするので、現実の私とあまりにもかけ離れることのない程度に、「いい回答」を繕うように努めているのです。

どうせ嘘ついても、面接の段階でぼろが出ることくらい見え透いているんですけどね。

それでも、せめて紙の上では「人が好きで前向きな」私でいなくてはいけないと考えます。

 

今のところ、私にとって就職活動とは、ヘタクソな、無理のある演技をして、内定を目指すことです。

| | コメント (1)

2007年2月25日 (日)

場違いな詩を書いてみたくなりました。

あなたを見ていると 時々、悲しくなることがある

私の気持ちが締めつけられて 目を合わせられなくなる

いつもキラキラして ゆっきりと吹く風を眩い光で照らし続ける あなたの心は

本当は繊細で 壊れやすいことを知っている

美しくて傷つきやすいあなただから この想いはそっと温めている

だけど、あなたを想えば想うほど

あなたは少しずつ離れていく気がして

手が届かなくなる いつも遠いところから見ている

でも、それでもいいと思ってしまうほど

あなたの存在は 私にとって小さなものではない

儚い夢が消えたとき

私は何を見上げればいいのでしょう

暖かい日差しがだんだん弱くなって

ゆっくりと降ってくる雨が 幼い子供の靴を濡らす

あなたに足りないもの 私がいっしょに埋めてあげられたら

私のほうを 振り向いてくれるのかな

苦しくて、悲しい気持ちにバイバイしたい

そんな日は いつか来るのでしょうか

| | コメント (1)

2007年2月 3日 (土)

スノボしたいなー。でも金ないし、移動めんどいし、連れもいないし、そもそもスノボやったことないし。

雪がたくさん降りました。

気温がだいぶ下がったので、湿った雪ではなく、粉雪が降ってきます。

粉雪といえば、レミオロメンのヒット曲が思い出されます。

一年ちょっと前は、「粉雪」を至るところで耳にしました。

今、レミオロメンは、何をしているのでしょうか?

ひょっとすると、レミオロメンは、そろそろ「一発屋」の肩書きがつく寸前まで来ているのではないでしょうか。

雪が降り、道が凍ると、気をつけないと滑ってしまいます。

レミオロメンは粉雪を出した後は、たびたび滑ってしまい、評価を下げてしまいました。

ずっと第一線に留まり続けるのは難しいですね。粉雪がどっさり降りすぎて、気付いたら雪に埋もれてしまった、ということでしょうか。

雪がたくさん降りました。

雪と聞けば、解散したJUDY AND MARYのボーカル、YUKIのことを思い出します。

ソロになってからのYUKIはあまり聴いていませんが、ジュディマリのYUKIは大好きです。

雪は嫌いですが、YUKIは好きです。

でも、この雪はすぐに溶けそうです。

そうして、冬らしくない冬が過ぎ去って、春がやってきます。

春……私はこの季節に、あまりいい印象を抱いていません。

春は出会いと別れの季節といいますが、私はいい出会いもいい別れもしていません。

来年の春が思いやられます。

私は(おそらく)大学を卒業し、(おそらく)どこかの会社に入るでしょう。

そのとき、私は言わば「春の主役」になるわけですが、いったいどれだけの人が、私との別れを惜しみ、私との出会いを喜ぶでしょうか。

雪が降って冷え込んだ2月の夜、私の心を温めてくれるものは何もありません。

| | コメント (2)

2007年1月31日 (水)

心の病は深まるばかり。

この前、嫌な夢を見ました。

 

 

私の兄の嫁とセックスする夢でした。

 

 

嫌な夢でした。

| | コメント (6)

2007年1月25日 (木)

今まで、ありがとう。

みんな、ばいばい。

 

またいつか、会えるといいね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年1月10日 (水)

意味のわからないオチが待っています。

私が小学5年生くらいの頃、クラスメイトがこんな作文を朗読しました。

「私は夏休みに、京都の清水寺に行きました。頂上から下を見下ろした眺めは、すごかったです。」

 

この児童は、清水寺からの眺めに感動したという気持ちを、素直に文章にしたのでしょう。私も、清水寺には行ったことはなかったのですが、教科書などで清水寺の存在は知っていたので、「いいなあ、私も行ってみたいな」などと考えていたと思います。

 

しかし、この児童の作文に対し、私たちのクラスの担任は、こんなダメ出しをしました。

 

「おいお前、清水寺が『すごかった』だと?どうすごかったのか言ってみろよ。すごくきれいだったのか、すごく怖かったのか、迫力があったのか、そこんところをはっきりしやがれクソ野郎!!」

(担任の発言は一部、脚色しています)

 

私はこの担任の発言に、衝撃を受けました。清水寺の思い出話が一転、日本語の教育へと話題が移ったからです。

 

なるほど、たしかに「すごかった」とだけ言えば、なにがどうすごかったのかわかりません。「すごい」という言葉は、その後に形容詞をつければ強調の役割を果たしますが、「すごい」を単体で使うと、とても曖昧な表現になってしまいます。

修飾されずに使われる「すごい」という言葉は、行き場を失っています。まるで、職人が打った手打ちうどんを、だし汁ではなく、ただのお湯で食べるようなものです。せっかくの手打ちという素材が、味をつけないことで台無しになってしまう……味気のない匠の手打ちうどんは、単体で使われる「すごい」に似ています。

 

「すごい」という言葉の使い方を説いた担任のダメ出しは、10歳の私にとって、印象、衝撃度とも革命的だったのでしょう。今振り返ってみると、その頃から私は国語の勉強に興味を持って、今までよりずっと本を読み、漢字の勉強をするようになりました。すると、それまで苦手だった国語の成績が上がり、テストでしばしば100点が取れるようになりました。そして、文章を書くということが好きになったのも、この頃からです。

 

この体験がなかったら、国語の勉強が好きにならずに、今こうしてブログを書くという習慣はなかったかもしれません。

人生のターニングポイントは、振り返ってみると、何気ないところで起こっているものなんですね。

 

さて、私は今、原点に戻りたいと思います。そう、「すごい」の使い方を説かれて衝撃を受ける前の私の国語力で、私が今、いちばん言いたいことを表現するのです。私の10歳レベルの表現力を、どうぞご堪能ください。

 

 

 

安倍の政治はすごい!!

2006122900000011maippolview000

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月19日 (火)

すぐそこに「THANKS」がある。

私が去年の11月にブログを始めて以来、苦節1年ちょっと……

このブログも、ついに600記事に到達しました。

 

いや~、すばらしい金字塔ですよね。

「600記事」。

イチローの記録なんかより、ずっと価値がありますね。

 

思えば、さんざんバカなこと書きまくって、時々まじめに人生について考えてみたりして、何度か挫折も味わって……。

私が今年の3月に右眼の網膜剥離の手術のために入院した際には、ブログどころかパソコンとも疎遠になり、本気でブログのことを忘れてしまいました。

今考えても、入院というものは、自分にとって決して小さい出来事ではなかったな、と思います。

まず、手術がものすごく苦しかったことが、うっすらと記憶に残っています。網膜剥離の手術の際には、もちろん麻酔を使いますが、後から医者に聞いた話だと、その麻酔があまり効いていなかったらしく、私は手術の間中、ずっと右眼の周りを引き裂かれる壮絶な痛みと戦っていました。

麻酔が効いていても、意識は少しぼんやりとしながらもちゃんとつながっていて、何かいろいろと頭の中で考え事をするわけです。私はサッカー観戦が好きなので、手術の最中は主にサッカーのことを考えていました。それが一番自然で、楽に考えを巡らせられることだからです。

でも、サッカーに関する思索は、手術の痛みのために、ほんの数秒で途切れてしまうのです。

本当に、絶え間なく強烈な痛みが私を襲ってきたのです。

痛くても、「痛い」とか声に出したり、「うーん」とうなることもできないのです。効きが弱いとはいえ麻酔が回っていて、しかも痛さのために意識がもうろうとして、声が全くでないのです。

でも、痛いことに対して体は何も反応できないわけではありませんでした。

私はメスで引き裂かれる痛みを、荒々しく鼻息を出すことで紛らわしていました。いや、鼻息を出すしかなかったと言うべきでしょうか。そうするしか痛みに抵抗する術がありませんでした。痛がるたびに、「ふーんっ、ふーんっ」とあえぎ続ける……私の手術は、そういう時間でした。

手術のあとは消耗しきって、夕方の5時くらいから翌朝6時まで、苦しみ続けました。夜中にうなされるような感じで何度も目が覚めて、うまく寝付けず、しかも体のだるさや吐き気、頭痛はずっと続きました。

食欲旺盛な私が、12、3時間もの間、一切物を口にすることができないということは、初めての体験でした。

そんな私にとって救いになったのは、私の病んだ右眼を治療してくれた先生です。後から聞いたところによると、先生は名医として通っているそうです。なのに、少しも偉ぶったようなところはなく、手術の説明もわかりやすくしてくれて、術後の検査でもいつも私を励ましてくれました。先生の力があったから、今、私の右眼が失明せずにいるのです。そして、先生にしてもらったことで何より忘れがたいことは、手術が終わった3時間後くらいにわざわざ私の病室に来てくれて、「よくがんばりましたね。ちゃんと治りましたよ」と声をかけてくれた気遣いです。体調がひどいときだったので、はっきりと覚えているわけではありませんが、先生が来てくれたことで、たぶん私はすごく安心できたと思います。

それが医者として当然の務めだろうと言われるかもしれませんが、それでも、私を助けてくれた先生のことは忘れることはできません。

また、手術した日に、ずっと苦しんでいる私に翌朝まで付き添ってくれた母親、何度も見舞いに来てくれた父親、それに親戚、兄、友人……入院という決して明るい気持ちでいられるわけではない状況で、私を支えてくれる人がいるということが、すごくかけがえのないことだと感じました。

そう、私はこの病気を通じて、多くの人に感謝をしました。

感謝。

普段は何気なく接していた人が、辛いときに私のところに来てくれる。入院していたときにも感謝しましたし、今思い出しても、感謝の気持ちは色褪せません。

そして、健康でいられることにも感謝しました。健康を取り戻してくれた先生には、さらに感謝しました。

健康という当たり前のことは、すばらしいことだと、健康を失って気付きました。

 

そうして、人に感謝することを人生でいちばん大切に思えた出来事、それが手術、入院生活でした。

 

600の記事を書いている1年ちょっとの間には、そういうこともあったのです。

だから、今、改めて心に刻みます。

気が向いたときにブログを書ける健康な日常に感謝。

このブログ、この記事を読んでくれるみなさんに感謝。

この記事を読んでくれていない人でも、私の支えになってくれる全ての人に感謝。

 

本気で古今東西いろいろな人や物事に感謝しようと思ったら、きりがないです。ならば、思いつくだけでもいいから、いろいろな人や物事に感謝しようと思います。

何度も同じ言葉を繰り返します。「感謝」。

この心を忘れちゃいけないな、謙虚でいなくちゃいけないな……わかっていてもできないことかもしれませんが、ときどき、ふと立ち止まって感謝する日があればいいと思います。

 

そんなことが、600回という節目に何を書こうか考えているうちに、思い浮かびました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月16日 (土)

誰かからのメッセージ。

例えば、「私はどうせ……だから」と、

自虐的なことを言ってみる。

みんなに聞こえるように、ネガティブに振る舞ってみる。

自分自身に自信が持てないことは事実だけど、

本当は「そんなことないよ」って、誰かに励ましてもらいたい。

「そんなこと言わないでよ」って、誰かに振り向いてもらいたい。

できれば、私が好意を抱いている人から言葉をかけてもらいたい。

だけど、誰からも何も返事は来ない。

無視、沈黙……現実。

聞こえなかったのか、聞かなかったのか、聞いたけど聞かなかったふりをしているのか、それとも相手にされていなかったのか……。

気が付けば、自分の言葉で傷ついた私がいる。

孤独の冷たい風に凍えてしまう。

またひとつ、後悔が増えた日。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月 5日 (火)

野党を支持する私にとって、佐藤さんにはもう縁もゆかりもありません。

この世の中で 何が正しいのか、なんて

100人いれば 100通りの考えと意思がある

人に非難されようとも 曲げられない志を持つ者

自分が正しいと思う真実は 見失ってはいけない

意思を貫く強い決意があるなら ただ前だけを見据えて行く

退路は断つ 逆風に見舞われても 敵の脅威にさらされても

戦う姿勢だけは 決して失わない

勇気ある挑戦を止めるものはいない

新しい舞台に 新しい城を築いていく

 

そして 威厳あるたてがみをたたえたライオンは

試練に挑む若者たちを崖の下へ突き落とした

 

 

 

 

Koizumifailstoboostunsecuritycouncilbidd  

 

 

 

 

あれから1年と4ヶ月 彼らは古巣に戻ってきた

心に馴染んだ 温もりのある場所に……

 

 

 

 

ふざけんな!!

つまらん茶番だ!!国民をもてあそんだ代償は高くつくYO!!

ライオンという求心力が去った今、自民党は修羅場と化す!!!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月 4日 (月)

無理せず生きろという詩。

例えば僕には 人を惹きつけるような 面白い話はできない

僕は人の輪の真ん中にいるような人物ではない

気の利いたこととか 人と違うことが言えたらいいのになあ、と

思ったことはいくらでもあった

歳をとるにつれて 自分にできないことの多さがわかってくる

テレビに出たり ベストセラーを出したりする売れっ子と僕は違う

天才が1万人に一人しかいないとしたら 僕は9999人のうちの一人

アイディアのない 平凡な一人

人一倍 平凡な一人

でも なんでもない生き方が つまらないわけじゃないってことも

この頃 わかってきた

面白い話を聞いて笑っていれば 楽しいのは間違いない

話す方はどうなんだろう

期待は裏切れないって プレッシャーを感じているのかもしれない

僕はもっと気楽に生きていたい

冗談みたいな嵐には 巻き込まれたくない

間違いを起こさないことは

成功することよりも簡単だけど ずっと大切なこと

繊細に張りつめた 糸を切らさないように

ゆっくり歩き続けて 息を切らさないように

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月 1日 (金)

もうすぐ冬ですが。

読書の秋、食欲の秋、芸術の秋。

世間では、いろいろな人がさまざまな秋を思い思いに過ごしていることでしょう。

私がこの秋、もっともはまっているものといえば、秋クールの連続ドラマです。

その中でも、私が最も注目しているのは、日本テレビ系列水曜22時から放送中の、14才の母です。

 

話の筋に関しては、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、このドラマを簡単に説明すると、14才の平凡な中学2年生の女子が、彼氏といい雰囲気になり、早まった性行為に走り、保健体育の知識不足ゆえに、妊娠してしまう……という過酷な物語です。

普通、14才が妊娠したら、その子どもを墜ろすのが一般的な選択ですが、主人公の未希は、自分にできた子どもに責任を持ちたいと言って、彼氏と別れ、学校を休学し、世間から冷ややかな視線を浴び、なおかつ母子の生命にリスクを負いながら、子どもを産むことを決意しました。

このドラマを第1回から観てきた私は、今、未希が来週にも子どもを産みそうな(来週にも、という表現が引っかかりますが)気配に、今からハラハラドキドキしています。テレビドラマの次回放送をこんなに待ち遠しく思うのは本当に久しぶりのことです。たぶん、押尾亜希子(旧姓・矢田)主演で草なぎ君が死ぬ超名作「僕の生きる道」以来のマイヒット作です。

子どもが生まれるシーンを観たときには、涙を流してしまうかもしれません。

14才の出産は困難を極め、母親本人と支える人たちの精神力が強くないとできないものであるということは、ドラマを観ていると痛いくらいに実感させられるのです。

このドラマには賛否両論あるでしょうが、私は、これだけ感動を与えて、かつ世の中に示唆を与えるドラマは、正当に評価されるべきだと思います。

主題歌(Mr.childrenの「しるし」)もすばらしい曲ですし、なんといっても、富山が誇る大女優・室井滋が重要な悪役として出演している点が見逃せません。

14歳で妊娠・出産なんて、できればそうならない方がいいに決まっていますが。

 

そんな14才の母にも、いくつか否定せざるを得ない部分があります。

ここから先は下ネタしか書いていないので、文部科学省と良識ある読者のみなさんのお目に触れないことを祈るばかりです。

 

未希とその彼にして赤ちゃんの父親・霧野くんは、中出ししたら子どもができるということを知らなかったのでしょうか?妊娠の仕組みを知らないくせして、なんでSEXができるんだYO!矛盾だらけですね。

それともただ単に射精の「タイミング」を逸しただけなのでしょうか?

近藤さんが泣いていますよ!「なんで俺を使ってくれなかったんだ!」と。

 

しかも、子どもが出来たという事実はちゃんと存在しているのに、また、未希が妊娠検査薬を使って陽性が出るシーンも描かれているのに、

肝心の濡れ場のシーンがなかったのが非常にがっかりです。

14才の濡れ場、想像してみましたが、こりゃたまりませんね。

 

 

しかも、霧野くんは、一発の中出しで子どもを射止めました。

すばらしい決定力ですね。

世の中には、いくらシュートを打っても、ちっとも入らない人もいるというのに、霧野くんは未希ちゃんの危険日という決定機を確実にモノにしました。

霧野くんのストライカーぶりには、柳沢もびっくりです。 

 

そんな霧野くんの人生は五里!!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月27日 (月)

夢の結実。

現代の若者は、その人生において、夢や希望を見出せないといわれています。

それは、若者自身の気持ちに問題があるというよりは、近年の世間で吹き荒れる厳しい風にのまれて、夢を見失ってしまう(抽象的ですね)という不幸な側面もあるそうです。

 

私の場合は、そういう社会の風潮とは別に、夢や希望や生きる気力を失っているところです。

でも、そんな私でも、夢を見ることはあります。そう、眠りの中で、ただ流れに身を任せるように頭の中で描かれる、あの「夢」です。

眠りが浅いときなら、高い確率で夢を見ます。ただ、ずっと覚えていられるような夢には、そうそうめぐり逢わないものです。

今日は、今年の夏に見た、とても印象的な夢の話をします。

 

夢の物語の主人公は、どこにでもいるような、明るくてよく笑う、天真爛漫を絵に描いたような、20歳くらいの女の子です。

この女の子は、しかし、過酷な運命を背負っていました。

女の子は、不治の病に冒されていました。それは、いつ死が訪れるかわからない、非常に危険な病気でした。命はもって3ヶ月と言われました。

この病気を知らされたとき、女の子はショックのあまり、わんわんと泣き出してしまいました。でも、女の子はすぐに気を取り直しました。

周囲の人たちは、女の子を憐れみ、気遣いましたが、女の子はこの運命に対して、気丈に振る舞っていました。決して弱音を吐かず、むしろ、女の子の病気を知って落ち込む家族や友人を、「大丈夫だよ、私は負けないから。そんな顔しないで」と励ますような、20歳とは思えないくらい、気持ちの強い子でした。

そんな女の子には、たった一つだけ、この世でやり残した「夢」がありました。

 

「カーレースの大会に出たい」

 

この夢を叶えられたら、いつ死んだってかまわない、と女の子は考えていました。

周囲の人たちの尽力で、女の子は夢だったカーレースにエントリーすることができました。

 

そして迎えたレースの日。雲一つない青空の下で、心を躍らせるエンジンの音が響いていました。

多くの人たちの支えと、女の子の病気を知ったファンの歓声を受けながら、女の子は、助手席に父親を乗せて、スターティンググリッドにつきました。

そのカーレースは、F1マシンのような特殊な形態の車で、公道を走るレースでした。その公道の道幅は決して広くはなく、その上を数十台のマシンが一斉に最高時速300キロという超高速で駆け抜けるという、かなり危険なドライブです。重い病を抱える女の子にとっては明らかに過酷な挑戦です。

それでも、女の子はとてもわくわくした気持ちで、そして揺るぎない覚悟を背負って、スタートのシグナルを聴きました。

女の子の視界の先に、超高速で走り出す数多くのマシンが駆け出していきました。女の子は少し遅れて、アクセルを踏み込みました。

実は、女の子にはカーレースの経験がなく、操縦の腕前は平凡なものでした。ライバルたちにはどんどん先を行かれ、女の子はすぐにダントツの最下位に沈んでしまいました。それでも女の子は決してあきらめずに走り続け、助手席の父親も女の子を精一杯サポートしました。

女の子は必死で、しかし楽しみながら、高速で走るマシンを操縦しました。びゅんびゅんと駆け抜ける緑の景色は、女の子が期待していたものとまったく変わりませんでした。

 

しかし――、沿道で女の子に声援を送り続けていたファンが、突然、姿を消しました。女の子は不安になって、隣にいた父親に助けを求めようとしたら、そこに父親の姿はありませんでした。

突然訪れた変異と静寂に戸惑い、女の子は大きな不安を覚えました。そこに追い討ちをかけるように、女の子のマシンがスローダウンしました。どんなにアクセルを強く踏み込んでも、ゆっくりとしか走らなくなったのです。

女の子の目の前には、地平線の向こう側まで、上り坂が続いていました。果てしなく延々と続く道路と、脇に広がる荒地、女の子の視界にはそれしか入ってきませんでした。

一瞬、女の子は気が遠くなりました。

周囲は、女の子の不治の病と同様に、破滅へ向かって急速に動き出していました。それでも、女の子はたった一人で、希望を捨てずに全力でアクセルを踏みしめました。マシンは、とてもゆっくりと坂道を登っていきました。

しかし、その時はやって来ました。

 

女の子の病が、突然の、しかし予期された発作を引き起こしました。

女の子は鮮血を嘔吐し、苦痛で意識が遠のいていきました。女の子は孤独の中で、死が目前に迫ったことを悟りました。

もう私の命は終わった――。

死の瞬間、女の子は力の入らない両手で、ピースサインを作りました。

その顔は、かすかに微笑みを浮かべていました。

女の子はそのまま息を引き取り、視界が真っ白になりました。

 

 

 

私はそこで目を覚まし、この夢は終わりました。

夢を見て泣きそうになったのは、これが初めてのことでした。

 

夢というものにはいくつもの矛盾を含むものです。普通に考えれば、不治の病を抱えた女の子が危険なカーレースに出ることを許可されるわけがありませんし、こんなに悲しくて切ない終わり方なんて、現実にはありえないだろうと思います。

しかし、私はこの女の子の生に対する強い気持ちと、優しさに胸を打たれました。

最後に夢を叶えたいという前向きさ、死に対して恐れず真摯に立ち向かう強さ。全ての音が止んで一人ぼっちになった後も、走り続けるという姿勢……。

そして、最後に作ったピースサイン……「夢が叶って楽しかったよ。ありがとう――」。ピースサインには、そんなメッセージが込められていたような気がします。

 

夢や希望を失ったとしても、無理と思われることに、あきらめないで挑んでみる。だめになっても、最後は下を向かずに笑って終わる。そういう強い生き方もあるんだよ、ということを、この夢の中の女の子は語りかけているようでした。最後のピースサインは、女の子の生き方の切なさと力強さを象徴していました。

この夢は、ずっと忘れられない夢になりそうです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年11月15日 (水)

荒川静香の金メダルや、WBCの優勝で、誰もが勇気付けられるわけじゃないんですよ。

47bb0a1c しょこたん(ネ申)ことアイドルの中川翔子氏(21)が、最近続発しているいじめ苦による学生の自殺について、ブログで深刻な内容の意見を提示しています。

 

 

 

いじめ事件が多過ぎるね

宇宙ができてから様々な偶然が重なって奇跡的に生まれた一人の人生を他人が苦しめて奪うなんて

死なせてしまうなんて、

自分たちは永久に殺人犯だってことわかるのかな

加害者は学生だからってあまやかされずに対処されるのか

永遠に殺人犯になるのに、ちゃんとその覚悟と償いをして生きていくの?


そこまでしたなら親やまわりが加害者を守るひつようないのに
年齢は関係ないんだから

殺人なんだから

死なせてしまうまでいじめるにはどんな複雑な理由がからむのかな

 

加害した側がいじめられた人と同じ苦しみ味わうことなく守られ生きていくのはなぜ

年齢関係なく実名だすべきなのに

苦しませて命を失わせて、やったがわは普通に生きていけるのはあまりにもおかしい
 

殺人に時効なんかいらない時効なんかが存在する意味がわからない
やったほうは同じめにあうこともないのに
時効や減刑で守られてどうするの

加害者をまもるものは全部なくなってしまったらいい
 

 

……偏重的ともとられかねないくらい、被害者側の立場に重きを置いた意見です。正直、こんなことを書いたら、ブログが炎上してしまうのではないかと思いますが、あいにく、「しょこたんぶろぐ」にはコメント、トラックバック機能がないので、読者の反応のほどはよくわかりません。

中川氏の言い分には賛否両論あるでしょうが、私の中では圧倒的に中川氏を支持する立場にあります。中川氏は私と同学年ですしね。

「いじめられる側にも問題がある」「心が弱い」などと、被害者の側にも問題はあることは事実です。私も、いじめにあったくらいで自殺するなんてばかげていると思いますし、親や先生に相談できないなら、とりあえず仮病でもなんでも使って学校を休めば、気持ちが落ち着いて、自殺は考えないと思います。結果、引きこもりになったとしても、死ぬよりはずっとましなわけですから。

自殺するもしないのも、いじめられる側の決断次第。ならば、たかだか学校という小さな世界での、いじめっ子からの圧迫に屈することなく、強く生きなければならないでしょう。自殺は最悪です。

でも、いじめられる側の心の弱さにも、同情の余地はあります。

性格というものは、育ってきた環境によって決まるものであり、その環境を与えるのは親です。どういう性格に育つのかは、本人にはどうしようもない側面があり、その性格によっていじめの対象になりやすくなったとしたら、その子は保護者が全力でサポートする必要があると思います。

そう、「3つ子の魂百まで」と言われるように、育った環境が性格を左右するのなら、性格がどうなるのかはもはや運次第です。親のしつけ方、兄弟の有無、近所の友達や世話してくれるおじちゃん、おばちゃんの有無、あるいは保育士のスキル……。これらの条件を決める能力は子ども本人にはありません。自分が属する環境を自分の意思で決められる年齢は、中学、高校受験まで待たなければならない人が大半です。

だから、いじめられる側に問題の多くを求めるのは、その子にとって酷な話です。繰り返しますが、自分がどんな環境に属するかは、運の要素が極めて大きいのです。それは学生時代のクラス替えから、社会人になってからの出会いの機会まで、一生ついてまわる不確定要素です。

私はやはり、問題にすべき点は、①いじめる側の愚かさ②被害者を守るべき立場にある人の対応、にあると考えます。

これは私の実体験に基づく話ですが、実際にいじめられた経験のある人は、決していじめる側を擁護できないものです。彼らは一方的に私に傷を負わせるばかりで、私にとって良いことなど何もないのですから。

そして、いじめられる側は、そう簡単にはやり返せないものです。自分の立場が弱いことは重々承知していますし、抵抗したらさらに悪いことになるということは、本能的なレベルで察知することができるのです。そんなことを考える被害者の精神を、批判することができますか?

いじめられたことのある人は、決して他人をいじめたりはしません。仲のいい友達にちょっときつい冗談を言うことはありますが、節度は守りますし、親しくない知り合いに対しても、その人が自分にとって害のない人なら失礼のないように振る舞おうと考えます。まあ、嫌いな人には正直、関わりたくないという気持ちは働きますが。

いじめる側は、自分より力が劣ると見える者に対して、嫌がらせをすることによって、ストレスを解消して楽しんでいるのです。ただ、それだけなのです。彼らにとっても大した利益はないのです。もちろん、被害者側は悩み、苦しみぬきます。本当に、いじめってなにもいいことはないですよね。それでも、いじめられる側に責任を追及しますか?

いじめに苦しんでいる人は、気付きましょう。奴らのストレス解消のためだけにこんなに苦しんでいることが、いかにばかばかしいかということを。

どうやっていじめの苦しみから抜け出すかは、また複雑な問題になりますが、ここで重要な要素となるのが、生徒を保護する立場にある教師です。

教師は誰も、いじめに関わりたくないとは思っていないし、それによって仕事の量は増えても給料は変わりませんから、教師にとってもいじめはなにも利益にならない。教師にもストレスです。

そこで私が考えることは、教師の皆さんは、別にいじめを根絶やしにしようと考えなくてもいいから、せめて、自分が関わる全ての生徒に対して、分け隔てなく接してほしいということです。

いじめられるような人は、他人が自分をどう評価しているのかということに対して、非常に敏感になります。そして、他人のこともよく観察しようという傾向があります。そういう中で、本来、守ってもらわなくてはならない立場にある教師が、自分のことを無視していると感じたら、ただでさえ性格が弱いいじめられっ子の悩みが、さらに重くなってしまいます。

悪いことに、生徒を差別する教師は少なくありません。私も、そういう教師は数多く見てきました。特に、いじめられるような生徒は、教師もいい印象を持たないため、無視されがちです。

私も、ある一人の教師から差別を受けたことがあります。その教師とは、3年間にわたって生徒と担任という間柄でしたが、いい思い出があまりありません。その教師は気さくな性格で、物事をはっきり言うタイプなのですが、得てしてそういう教師ほど敵を作りやすいもので、私だけでなく、多くの人がその教師を嫌っていました。私はその教師には中学卒業以来、もう6年間も関わっていませんが、いまだにその教師から受けた暴言を忘れることができませんし、許せません。いじめられた経験のある人は、嫌な事をずっと引きずるものです。

傷は、長い時間をかけないと癒えません。しかし、傷を負わせた側は、その事実をすぐに忘れます。あまりにも不公平です。

ここで、中川氏(しょこたん)のブログの記事の感想ですが、私も、いじめた側には厳しい罰を与えなければいけないと思います。そうしないと、彼らは決して反省しませんから。人をいじめて楽しんでいるような人は、被害者が自殺しても、特に厳しいお咎めがなければ、さっさと忘れて次のことを考えると思います。そして、ろくな大人になりません。

人は殺してはいけません、ということは誰でも知っていますし、実際に人を殺したら重い罪になることも、誰でも知っていることです。でも、いじめるという行為が悪いことであるということは、あまり認識されていないのではないでしょうか?いじめた相手が自殺したら、間接的であるにせよ、これも一種の殺人です。だいたいわかるじゃないですか、「こいつをいじめ続けていたら、自殺するんじゃないか」って。そんな空気くらい読んでほしいですよね。

いじめという行為を、殺人と同じ重さの罪ととらえるのは無理がありますが、彼らにも重罰を与えるべきであると思いますし、今後は、犯した行為に相応の十字架を背負って生きるべきだと思います。

社会的に見て強い人間、普通の人間というのは、人間全体の相対的な基準から見たものであり、人間の中には、もちろん弱い人間もいます。強い人間も弱い人間もバランスよく存在するから、社会が成り立っているのです。現代の経済と同じです。莫大の利益を上げる大企業と、その陰で安い賃金で働く労働者がバランスよく融合しているから、今の日本の「実感できぬ好景気」が発生したのです。年収1億の大金持ちも、年収200、万のフリーターも、日本経済を支えるのには必要な存在ですし、強い子も、弱い子も、学校社会の中では必要なのです。土台がないと、城は建たないんですから。人の上に立つ人は、その事実を見逃してのぼせ上がってしまいがちです。

弱い子にできて、強い子にできないことがあるという事実を、人々は見落としがちです。そして、誰も望んで弱い子になりたいとは思いませんし、みんな、できればもっと強くなりたいと考えているものです。

そういう中で、恵まれた立場にある強い子が過ちを犯したら、それなりに叩かなくてはならないのは当たり前のことです。そうしないと、強い子が自分の力を過信してしまいます。

一連のいじめ苦自殺報道の中に、教師がいじめてに加担していたという事件がありました。もう絶句です。論外です。即刻懲戒免職、教員免許取り消し、服役して、人との関わりの少ない仕事に就いて第二の人生をやり直せ、と思います。見せしめの意味でも、加害者に甘くしていてはいけません。

 

冒頭の中川氏の言い分はちょっと過激すぎると思います。中川氏は、自分の言動を常に注目される著名人であり、その自覚を持って節度のあるブログを書く責任があると思います。しかし、彼女は間違ったことは言っていないと思います。

「いじめられやすい性格」をもった時点ですでにたくさん損しているのに、そこへ追い討ちをかけられたら、誰でもへこみますよ。

弱い人間の愚痴は絶えませんよ。悩みもたくさんありますよ。そこへ、強い人間のストレス解消の道具にされたら、生きる気力も失いますよ。

被害者も、それなりに努力しています。明るく振る舞ったり、失礼のないように振る舞ったり、面白いことを考えたり……ちょっとずれていたとしても、「弱いこと」は罪ではないし、それは個性でもあるのですから、強い人が弱い人を受け入れないと、今後ますます日本は荒廃した国になるばかりです。

本当の意味でいじめられたことのない人に、いじめられる人の気持ちはわからないです。一度いじめられてみたらどうですか?無理でしょうけど。

いじめっ子に友達の少ない人はいません。いじめられっ子に友達の多い人はいません。

どこに行ってもアウェーの心地で、その人のらしさは出せません。

いじめる側は、多くの場合、多人数でいじめという行為を働いていますが、実際には、彼らは強い者のようで、大したことはないんですけどね。

群れないと、自信をもって振る舞えないのは、いじめっ子の資質のある人の典型的な性質です。奴らはつるまなきゃ脅威にならないんです。そして、一人でいても強い人は、決していじめには加担しません。

実際、いじめる側が一人で行動すると、案外脆かったり、大人しかったりします。そして、仲間と合流すると、悪さをする精神が目を覚ますのです。

もしかしたら、いじめっ子の首謀といじめられっ子が1対1で言論を戦わせると、いじめられっ子が勝つかもしれません。いじめられっ子は一人で物を考えたり行動したりすることに慣れていますから、誰にも頼らずに自分を出せます、その分、人と協調するのが苦手で、いじめられてしまうことがあるんですけど。

いじめられる側は、「奴らは単体では大したことない。だから1対1に持ち込んで、あるいは先生に加勢してもらってこっちの2対1で戦えば、勝てる」という事実をうまく生かしてほしいですね。

 

やっぱり、いじめは重大な罪ですよ。いじめる側にも傷を残さないと、成長できませんし、いじめがとても悪いことだと知らないと、いじめは絶えません。

飲酒運転の事故が相次いで、たくさんの人が亡くなって、飲酒運転の取り締まりや罰則が強化されました。

いじめ苦による自殺が相次いだのだから、いじめの取り締まりや罰則が強化されてもいいのではないでしょうか?いじめ=厳しい罰を受けると知れば、いじめをやろうと考える生徒は必ず減るはずです。見せしめです。

ドラマ「14歳の母」のように、妊娠して退学させられるなら、いじめで人を殺して、退学させられてもおかしくないと思います。

退学させて、更正施設に入れて、とても厳しく扱って、そして、ちゃんと中学ないし高校卒業の資格を与えて、新しい人生を始めれば、真人間に戻れると思います。

 

私も、自分の仕事を正当に評価してほしいと思いますし、もっと人に愛されたいです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年11月13日 (月)

いっそゲンガーに夢を喰ってほしいです。

今日は、この前見た夢の話をします。

夢って言っても、「dreams come true」の夢ではなく、眠っているときに見る夢の方です。

私には夢などありませんから。たとえ夢があったとしても、それはささいな夢であっても決してかなうことのないものですから。

そんな現実からはいったん目を離して、夢の話をします。

 

私は大学の先輩に対して、ちょっとした悪さをしました。どんな悪さかは覚えていませんが、ちょっと悪口を言ったか、軽く先輩を叩いたか、という程度の悪さです。

私はその先輩とは、知り合いという領域を出ず、決して親しい間柄ではありません。そのため、「あーぁ、まずいことしてしまったかな。」と、少し居心地の悪さを感じていました。

そんな矢先に、突然、先輩の仲間と思われる人たちが集まって大群となり、いっせいに私に襲い掛かってきました。

大群は、一人ひとりが凄みのある形相で、叫び声を上げながら、猛ダッシュで私に向かってきました。

それはあまりにも恐ろしい光景で、「なぜあの程度のことでここまで猛烈に追い立てられなきゃいけないんだ」と、私はわけもわからず慌てふためき、足がすくみましたが、とにかく、ただ必死で逃げ出しました。

私は、見覚えのないホテルのような建物の中の、ふかふかの絨毯の上を、ひたすら全力で走った末に、ついに敵の大群を振り切りました。

そして、安全な場所で一息つこうと考えた私は、ちょうど良い隠れ場所を見つけ、そこでその恐怖の場をやりすごすことにしました。

大汗をかいていた私の耳元に、敵の大群のドタドタという多くの足音が迫ってきました。

「まさか……ここにいれば大丈夫だろう」と高をくくっていたのもつかの間、その足音はどんどん大きくなっていき、ついには敵の大群が視界に入ってきました。

「なんで?なんで見つかるの!?」絶望と失望に震える私に向かって、敵の大群はまさに飛び込んでくるような勢いで向かってきました。

敵の一人ひとりの顔がはっきりと確認されるところまで近づいたところで、私はさらなる恐怖に怯えました。

敵は、笑っていました。

それはもちろん好意的な笑顔ではなくて、敵たちが発する「こいつをどう料理してくれようか」というわくわく感がにじみ出た、吸血鬼のような笑顔でした。

そして、もはや隠れ蓑がその役割を果たさなくなっていた私の居場所に、今度は一転して、鬼気迫る表情に変わった敵が飛びついてきました。

殺される――

 

うわぁぁぁーーー!!!」

 

 

と叫んだところで、私は目が覚めました。

叫んだのは夢の中だったのか、それとも、寝言で目覚める瞬間に口に出していたのか、それはわかりません。

しかし、こんなに恐ろしい夢を見たのは、いつ以来かわからないほどです。

小学2年生の頃に、ドラゴンボールの人造人間17号が私の実家とその付近を破壊する夢を見てうなされたことがありますし、その後も頻繁に悪い夢は見ていますが、これだけはっきりと内容を覚えている悪夢は、その人造人間17号の破壊活動以来です。

 

この夢は、何かの暗示でしょうか?夢はその人の精神状態を代弁していると言いますが、そうだとしたら、今の私は得体の知れない恐怖にさらされている――いや、私にとっては恐怖は極めて具体的で、実体をもつものであるように思われます。なぜなら、今の私の悩み、苦難は多岐にわたり、その一つ一つが重いからです。

夢を失っても、夢にうなされる日々……悲しい日常です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月 7日 (火)

たまには個人的なことを書きます。

このブログも、昨日(11月6日)で、1周年を迎えました。この1年で書いた記事の数は、この記事を除いても実に574。そして、費やした時間は……皆目見当もつきません。

去年の11月6日は、私、ライト兄弟の20歳の誕生日でした。

ということは、一周年を迎えた昨日も、誕生日でした。

去年のこの日の夕方、暇を持て余していた私は、なんとなくインターネットをやっているうちに、

「ブログでも始めてみようかな」

と思いつきました。

そして、最初に書いた記事がこちら。

表題の「素晴らしい人生の過ごし方。」、そして最初に書いた記事からは、これからの私の人生が少しは良くなることを期待しているという意味が込められています。

記事を書いた時刻は17時44分とあります。もちろん、日はどっぷりと暮れていました。

「今日は20歳の誕生日なのに何やってるんだろうな」

と、深いため息をついたことを覚えています。

 

いったい、幾つの頃からでしょうか?誕生日が嬉しいだなんて思えなくなって、ただ単に歳を一つとるだけの寂しい日だと感じるようになったのは?

誕生日を誰にも祝ってもらえないことには、もうすっかり慣れました。

だって、特定の人、あるいはたくさんの人に好かれるような人間ではないんですから、当たり前ですよ。誰かに誕生日を大っぴらに公開しているわけではありませんし。誕生日は、何も起こらない日。365分の1でしかありません。

個人的には、一年間に100という値のいい出来事があるとして、そのうちの30や50を誕生日に一気に費やすよりも、1年の中で適度に分散される方がいいですよ。

1ヶ月に1回しかないような「すごくいい思い出」を糧に生きていくよりも、一週間に1回か2回起こる「ささやかないいこと」を味わいながら生きるほうが、性に合っています。

今年の誕生日は、去年よりはマシでした。日曜日の昼間にカラオケに誘ってもらって楽しみましたし、夜中に友人とバカな話をして盛り上がったので、そんなに寂しくはありませんでした。それは誕生日の前日の出来事ですが、まあ、よしとしましょう。さっきも書いたとおり、特別、誕生日にこだわる方でもないので、「誕生日おめでとうメール」とか、求めていません。私の誕生日を知っている人、そしてささやかでも祝う気のある人がどれだけいるか。ほとんど皆無です。

今日(昨日)、バイトでもしていればよかったかな、と少し思いますが。あ、でも、クリスマス・イブはたぶんバイトですよ。私はその日、もちろんフリーですからね。他の人は大事な用事があるでしょうし、私がいないと人手が足りなくなりますからね。

でも、正直、記念日的なことはそこそこに祝いたいな、とは思いますが。例えば、先日のハロウィン、なんでこんなに多くの人が騒いでいるんだろう、と思っていましたが、誰かに「ハロウィンパーティーやろうぜ」と誘われたら、喜んで参加しますけどね。私を誘ってくれる人なんて滅多にいませんが。ところで、いつから日本でハロウィンを祝うようになったのでしょうか?2月のチョコを渡す日と一緒で、製菓会社の商業戦略なのでしょうか?あるいは、5月の大型連休における映画会社の商業戦略なのでしょうか?

でも、とにかく、誕生日が何事もなく過ぎていったからといって、特別な感情はありませんよ。それが私の中では当たり前です。世の中のたいていの人は、誕生日を誰かしらに祝ってもらえるのでしょうが、それを羨んだり妬んだりしても、悲しくなるだけですしね。

なんだか結論の出ない文章になってしまいましたが。

 

 

さて、ここからが本題です。

「素晴らしい人生の過ごし方。」1周年記念!

マイ・ベスト記事5!!の発表です。

 

第5位。 トイレの花子さん。(2月11日)

第4位。 誰かジョイかチャーミーなどの食器用洗剤を恵んでください。(3月29日)

第3位。 ここで平原綾香さんからお知らせです。(4月8日)

第2位。 マクドナルドの「えびフィレオ」は私の口に合いません。(8月31日)

第1位。 パチンコ店にて。(5月20日)

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年10月30日 (月)

Limited my Chance.

この世界は生き地獄

底辺で格差社会を支える僕

死んで地獄に落とされる

神様は僕をもてあそんでいるだけ

飛行機で飛ぶか 崖から飛ぶか

その2つしか思いつかない

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年10月25日 (水)

素晴らしいブログの書き方。

ここ最近、ブログをさぼっていました。

読者の方が心配したり、がっかりしたりさせたとしたら、お詫び申し上げます。

まあ、読者なんているのかどうか知らないですけどね。

 

時間があまりなかったこともありますが(F1を見るとか、日本シリーズを見るとか)、そういう部分での余裕のなさよりむしろ、創作意欲が上がらなかったことが、怠りにつながったと思います。

そう、ブログは気分次第です。

 

ブログを始めて、もうすぐ1年になります。

自分で言うのもなんですが、この間、550以上の記事を書いてきて、文章力や構成力は上がり、興味をそそる文を書く能力もついたと思っています。

最初の頃は、気ままに書いているだけでした。今、読み返してみると正直、面白くなかったり、「なんでこんなつまらないこと書いてるんだろう」と思ってしまう文章が多かったと思います。

しかし、記事の数を積み上げていくうちに、だんだんクオリティが上がっていったと自分では思っています。それは、どんなネタが面白いのか、どう書けば面白いのか、どう構成すれば面白いのか、をよく考えるようになったからです。

そして、次第に自分に課す記事の内容のハードルを高くしていきました。

「そうは見えないけどな」と思う方も、どうか黙って読んでください。

適当に検索していたら、偶然このブログにたどり着いて、一度目にしたら二度とここを読まない方にも、いつも、どんな記事でもこまめに読んでくださっている方にも、十分に満足してもらえるよう心がけて、記事を書いているのです。

 

私は、ブログを書く人は、自己満足でもまったく構わないし、むしろ、自分の書きたいことを思うがままに書きつづるのが、正しい付き合い方だと思っています。極端な話、読者なんていなくてもいい、この広い世界のネット上に、自分の文章が存在していることにただ満足できればそれでいいと思えれば、それはもっとも有意義で、楽しいブログなのかもしれません。

ですが、私は性格上、このブログが世間の目にさらされるのなら、それなりに自分の文章に責任を持たないといけないと思いますし、存在するのかもわからない、顔もわからない読者の方に満足してもらわなければ、という気持ちで書いています。

それは正しいブログの書き方だとは思いません。ただ、私は自己満足で終わりたくはないという、性格上の傾向があるということです。

それゆえ、クオリティを追求することをやめられないのです。

 

これからも、見る人に不快な思いをさせず、炎上させず、「くすっ」と言わせて、私もみなさんも満足できるブログを書いていきたいと思います。

 

そうだろ?なぁ、かをり。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年10月20日 (金)

私はなっちと違って、盗作ポエムは書きません。念のため。

「今すぐここで死んでもいい」

本気じゃないかもしれないけど、決して嘘でもない

この命の軽さは誰に言われなくても

自分で知っているつもり

だけど、どうせ死ぬのなら

最後にすっごく楽しいことをしてから死んだ方がいいと思った

死ぬとわかっていないとできないこと

できれば法に触れないこと

思い残すことなく旅立っていきたい

そして僕は気付いた

絶望していた世界にも

楽しいことは確かにあること

それは思ったよりも楽しかったこと

楽しいことは一度じゃなく二度三度味わいたいってこと

だったらあと1日

あと1週間

あと1ヶ月

なんだ、生きるっていうのも意外と悪くない

ゼロの地点に戻ってみたら

思ったよりも世界は狭くなかった

今日はあれをやってみよう

何か一つ、生きる意味があれば

その日だけは命をつなぎとめられる

それを毎日続けていけば、命もずっと続いていく

命が少しずつ、重くなっていく気がする

自分も知らなかった自分の可能性

ささやかな喜びでも、糧になるから

まだまだ生きていたい

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年10月14日 (土)

本当に、深刻で、笑えない真面目な話。自分にとっては難しい、人生の話。

今日(というか昨日)、何気なくテレビでローカルニュースを見ていたら、信じ難い、衝撃的な事件が起こっていたことを知りました。

 

私の中学時代に、同じ部活動に所属していた1学年上の先輩が、吸引目的で大麻を栽培していることが発覚して、逮捕されたというニュースです。

本当に、何気なく見たニュースでした。問題の大麻畑を映している画面を背景に、私の知っている人物の名前が出て、一瞬、息が止まりました。同時に、その人物の居住地、年齢も出ていて、それは私の知っている先輩に当てはまる情報でした。

間違いなく、私の知っている、部活の先輩が、大麻を栽培して逮捕されました。

 

 

2006101300000001maipspoview000  

 

 

 

 

シンジラレナ~イ!!」(byハムの外国人監督)

 

……などと、冗談を言っている場合ではありません。

本当にショックだったのです。

 

 

そもそも、私の通っていた中学の1学年上の先輩たちは、「数十年に一度の、不良が集中した学年」として、県中にその悪名を轟かせていました。

もちろん、その学年の全ての生徒が不良だったというわけではありませんが、不良の割合は、他の学年と比べてもかなり高く、その性質(たち)も悪い学年でした。

1つ上の学年の人たちは、とにかく悪かったのです。そして、恐かったのです。

彼らは授業中に大騒ぎし、暴れ回り、そして、放課後には遊び回り、日常的にけんかなどの騒ぎを起こしました。制服などの校則違反は言うに及ばず、飲酒や喫煙すら、彼らにとっては、なんら問題にならない行為でした。教師の対応も、「○○が喫煙?なんだ、そんなことでいちいち騒ぐなよ」というものでした。教師はむしろ、そうした小さな違反よりも、社会を揺るがすような大問題や犯罪を起こしやしないかということに戦々恐々としていました。

そして、その社会を揺るがすような犯罪は、彼らが卒業した後に起こりました。

2001年、つまり、彼らが中学を卒業して1年余りの夏の始まりの季節のことでした。彼らの中の一部のグループが、彼らの1つ下の学年(つまり、私と同学年)の2、3人を、真夜中のある小学校で集団リンチにかけ、私と同学年の1人が、ひどい外傷を負って、息を引き取るという事件がありました。

亡くなったのは、私の同級生で、私と同じクラスの生徒でした。彼もまた素行が悪く、あまり授業には出席せず、校内で平気で煙草をふかすような生徒でしたが、根は気さくないい奴で、みんなから親しまれていました。本気で彼のことを嫌ったり、彼に陰口を叩くような人を、私は知りません。彼の葬儀には、多くの人が別れを惜しんで集まり、1回忌、2回忌も、みんなが集まって彼との思い出を語り合うなど、多くの人に愛される人物でした。

集団リンチに関わった者たちの多くは高校に通っていない人たちで、(客観的に見て)社会に自分の居場所がないような人たちでしたが(ただし、彼らのうちの何人かは職に就いていました)、亡くなった彼は、昼間はまじめに工業高校に通い、自動車の整備士を目指していました。

世間は死んだ人を美化したがる傾向がありますが、それでも、言わせてください。

そういう、曲がりなりにも志を持った人物が、どんな問題を抱えていたのかはよくわかりませんが、リンチに巻き込まれて亡くなるなんて、すごく残酷で悲しいことだと思います。

 

私の中学の1つ上の学年は、そういう(人生の階段を踏み外したような)人物もいる学年なのです。

彼ら個人個人を悪く言いたくはありません。そういった重大な問題が発生することには、何らかの背景、原因があるはずです。むしろ、そのことを非難しなければならないと思います。そう、「罪を憎んで人を憎まず」とはよく言ったものです。

吸引目的で大麻を栽培していた、私の部活動の先輩もまた、憎めない人物でした。

部活生としての彼は、決して模範的な人物ではありませんでした。正直、私はその先輩のことが恐かったです。彼は身長が180センチほどあり、見るからにけんかが強そうな顔と体格でした。茶髪にピアス、部室では煙草をふかす、典型的な不良です。恐らく、皆さんが想像するより、ずっとイケメンです。彼は、部活動よりむしろ、遊ぶことのほうがずっと好き、という人で、練習にはあまり来ませんでした。

しかし彼は、能力がずば抜けているがために、試合ではいつも主力級の活躍をしました。練習に来なくても、監督なら誰もが試合で使いたくなるくらい上手くて、非常に頼りになる先輩でした。

彼は、決して性格に問題がある人物ではありませんでした。素行に問題があるものの、話すと意外にいい印象を受ける人物で、後輩の面倒見も良い先輩でした。冗談を言ってみんなを楽しませることもできて、私の知るところでは、けっこう友人の多い人だったと思います。

 

その先輩とは、彼が卒業して以来、一度も顔を合わせていません。彼や彼の友人たちと特に親しかったわけではないので、彼に関する情報は、ずっと私の元には入ってきませんでした。ただ、少なくとも、先述の集団リンチには関わっていなかったと思います。

しかし、まさか彼がこんなことをしているなんて、夢にも思いませんでした。

彼の名前を、こういった悪いニュースで思い出したくはありませんでした。

恐らく、彼は中学を卒業して以来、様々な問題を抱えて生きていたのでしょう。今、こうして犯罪が明るみに出たということは、この6、7年の間、大なり小なり、いろいろと悪いことに手を染めて生きていたのだと思います。

大麻は、麻薬の中では比較的、程度が軽いので、オランダでは合法とされ、他のヨーロッパの一部の国でも日本ほど規制は強くないそうですが、しかし、ここは日本です。日本では大麻の吸引は許されません。また、大麻の乱用は、当然、有害です。

その大麻に手を染めた私の先輩は、言い方は悪いですが、廃人といっても過言ではないかもしれません。少なくとも、犯罪者、前科者のレッテルは、これからの彼の人生で、ずっとついて回ります。

 

こうして、かつて私にとって身近な存在だった人物の悪いニュースを知って、いろいろと憂うことがあります。

もちろん私は、大麻に限らず、生涯、犯罪に手を染めることなく生きていきたいと思います。

しかし、これからの人生、何が起こるかわかりません。気が狂ったり、動転したりして、取り返しのつかない過ちを犯すことがあるかもしれません。

ですから、繰り返しになりますが、憎むのは罪であって、彼自身ではないのです。

つくづく、こういうことは他人事ではない、明日は我が身だと思います。

 

私は今、こうして、自分を見失うことなく、しっかり地に足をつけて生きていられることに感謝しなければならないと思います。そこは、決して満足できる場所ではありませんが、とにかく、かけがえのないことだと思います。

暗い人生でも、それなりに「普通」でいられること、間違いを犯さずにいられること。今の身の丈に合った生活を守っていけること。

無理したり、焦ったりしないこと。落ち着いていられること。嬉しいことを、素直に嬉しいと思えること。

いろいろな当たり前が、全ての「素晴らしい人生の過ごし方」の原点になっているんだなあ、と知りました。

 

そして、ある人にとっては、人生が間違った方向に進んでしまうこともあるでしょう。

でも、そんなときは、一度自分をリセットして、地に足をつけて生きることを思い出せば、またいい方向に進み出せると思います。

私の先輩が、いつか平穏な人生を取り戻せることを、陰ながら願っています。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年10月 4日 (水)

何も背負っていないんだから、気ままに、好き勝手に振る舞えばいいのでしょうか。

誰にも期待なんかされていないのに、

「私はみんなに見られている」

などと気負って、空回りしたり失敗したりしてしまうことがあります。

「しまった、やばい」

と、焦りますが、周りをよく見ると、誰も自分のことなんか見ていなかった、ということがよくあります。

「あ、よかった」

と安心しますが、同時に、

「誰も見ていなかったんだ……」

と、寂しさも覚えます。

 

そうして、数十年の人生において、誰からも注目されることなく、

独りでひっそりと死んでいく自分が、容易に想像できます。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年9月30日 (土)

私が嫌っている者は例外なく、私のことを嫌っている。

お笑いコンビ、ダウンタウンの浜田雅功(43)がよく、

死ねばいいのに」という冗談(ネタ)を口にしますが、

私の場合は、本気で「死ねばいいのに」という言葉を口にします。

私にとって、「死ねばいいのに」と思う対象となる人物は、極めて多いです。

それだけ、敵が多いと言うことです。

敵が多い人は長生きしないといいます。

私は、長生きすることを望んではいませんが、敵が多いことで生じる息苦しいほどの窮屈さには、耐えかねているところです。

「死ねばいいのに」この言葉は、まさに私に向けられたものです。

……

私に「デスノート」があれば、2、3日で真っ黒になることでしょう。

でも、そういう役に立つものに限って、私の元には舞い降りません。

「死ねばいいのに」

妬む気持ちがなくなれば心安らぐのでしょうが、適度な野心がなければ、消え入ってしまいそうな世の中です。

結局、今日も答えは見つかりません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年9月29日 (金)

究極のネガティブシンキングを思いつきました。

「ここが自分の居場所だ」と思える空間がない。どこに居ても、心が安らぐことはない。

いつでも、どこでも孤独。誰かと居ても、疎外感。常に、一人ぼっちの気分。

そんな自分を、誰かが救ってくれることはないし、自分で道を切り拓く術もない。

孤独は、泥沼だ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年9月21日 (木)

安倍といえば晋三よりもなっちですよね。

年金問題なんてどうでもいい

年収200万かそこらの私に将来のための金は出せるはずもない

そもそも65歳まで生きる気もない

私の屍が転がっていてもだれも気に留めやしない

| | コメント (3) | トラックバック (0)

毎年恒例のことですが。

夏の終わり。

今年もまた、夏を無駄にした自分がいた。

秋の匂いを感じて

取り返しのつかない過ぎ去った日々を悔やむ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年9月10日 (日)

いっそ「あぁ、嫌いだよ。あっち行って」と言われた方が楽なのに。

「どうせ私のことが嫌いなんだろう」

 

 

私が好意を抱いている人に聞いてみる。

 

 

「そんなことないよ」

 

……

 

 

声が、目が嘘をついている……。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

さあ飛び出せ 深い谷へ向かって。

あらゆることが裏目に出て

多くの人に裏切られると

期待しないことが当たり前になってくる

嫌なことがあったら少しは落ち込む

だけど 今はそれにもすっかり馴れた

世の中に そして人に期待しないってことは

自分もまた 世の中にも人にも期待されないってこと

当然だ 私は性格に問題がある

社会に適応できない

私と一緒にいることは 多くの人にとって苦痛になる

私の願いはことごとく単なる独りよがり

嫌われることは 3歳のときからの宿命だ

 

一方的に悪い目ばかりを見させられている

この世の中では 「幸せ」の総量は決まっている

一人でたくさんいい目を見る者もいれば

そっぽを向かれっ放しの者もいる

嫌いな奴が楽しそうに笑顔を見せる

その陰で私は苦虫を噛み潰している

何億も稼ぐ大富豪を支えているのは

年収200万かそこらの悲しい労働者だ

金持ちは貧乏人を見下して左うちわの気分だ

なんでこんな理不尽な世の中なんだろう

他人の幸福を恨む気持ちは日々募る

でも そんな悩みなど誰も気にかけない

 

もう死んでしまいたい

これ以上苦しみたくない

最後に望むことは

嫌いな奴を一人でも多く どん底へ叩き落すことだ

「容疑者」って言われて死んだっていい

どうせ私の価値はゼロ

罵られ 避けられ 憎まれてここまで来たから

今さら悪いレッテルが増えたってかまいやしない

特攻隊のように散ってやる

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年8月29日 (火)

走り出すよ No more cry 明日へ No more cry。

「素晴らしい人生の過ごし方。」のこれまでの歩み。

初記事 平成17年11月6日。

100記事 平成17年12月5日。

200記事 平成18年1月20日。

300記事 平成18年3月28日。

400記事 平成18年6月27日。

 

そして今、何と500記事という金字塔を達成しました。

 

これもひとえに、「滑稽な男 朝青龍 面白画像」で記事数を稼いだ(17記事も!)おかげです。あと、「ガットゥーゾ面白画像その1~11」も効きましたね。

 

 

Time is money.

 

かけがえのない多くの時間を費やして、数々の無意味な文章を生み出してきた「素晴らしい人生の過ごし方。」。

私の書く文章は、決してお金にはなりません。高い評価を受けることもありません。

書いていて、何か物理的に得することがあるかといえば、何もありません。

 

なぜ、こんなことをやっているのか、はっきりした理由が見つかりません。

そもそも、ブログを始めた理由も思い出せません。

 

でも、こんなことをあれこれ深く考える必要はないと思います。

今、こうして自分が感じたり、思ったりしたことを、こういう形で書き綴って、頭の中でぼんやりと浮かんでいたものを、ちゃんとした形にまとめることで、満足感が得られるのなら、それ以上の理由はいりません。

さらに、私が思いついた面白いことや哲学が、ごくわずかばかりの人々に受け入れられるとしたら、望外の喜びといえるでしょう。

 

書きたいから、ブログをやっている。

 

最初は何を書いていいかわからず、迷走していた自分も、500の記事を重ねて、低い次元ながら、ひとつの形を作り出せた気がします。

 

無意味だけど、無駄にはなっていない。

 

そう信じて、またキーボードを打ち続ける日々を繰り返すと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月28日 (月)

明日だけを見つめて。

さあ行こう 希望なき明日へ

それとも君はもうそこにいるのかい?

大丈夫 何も恐れることはないよ

希望がなくても 絶望と失望があるから

何も期待しないことが だんだん楽に思えてくる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月25日 (金)

私はオフロードしか歩けません。

もし、あなたの行く先に、行く手を阻む者が立ちふさがっていたら、どうしますか?

 

「どいて」と言ったり、強引に行く手を阻む者を退けて、道を開きますか?

 

それとも、回り道をしたり、邪魔にならない場所を行きますか?

 

私は、後者を選びます。

それが、陽の当たらない場所、道の端を歩き続けた者の生き方なのです。

 

それは間違いなく、苦労の絶えない生き方です。

しかし、その生き方しか知らないのです。

Miyakoroad3  

 

 

 

道の真ん中を堂々と歩ける日は、やって来そうにありません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

√・ファン・ニステルローイ。

数学はからっきしわかりませんけど、

惨敗の方程式

なら面白いように解けますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月14日 (月)

私は世にはばからない憎まれっ子。

あいつが死ねばいいのにな、と

呪いをかけ続けているけど、

私が思っているよりもずっと、

私には強い呪いがかけられている。

そして、私の敵は周りから絶えず守られている。

私の呪いは届かない。

私に呪いはすぐ届く。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年8月12日 (土)

また一歩、死に近づいた日。

人生を楽しんでいる人の近くにいたり、

人生を楽しんでいる人の話を聞いたりしていると、

ひどく憂鬱になります。

絶望を覚えます。

自分の惨めさを痛いほど再確認します。

それは冗談では済まされない類のものです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年8月10日 (木)

バットなら持っていますよ。護身用に。

ここ数日、今、甲子園でやっている高校野球をいつもの年よりも多く観ている気がします。

暇なのと、私が高校野球トトカルチョをやっているのと、神の血を受け継ぐ長島三奈氏の「熱闘甲子園」が面白いのと(テーマソングがスキマスイッチなのはミステイク以外の何者でもないですけどね。おととしに使われた同番組のテーマソング、ZONEの「glory colors~風のトビラ~」が大好きなんですけど)、やっと同世代とは言えない人たちが甲子園に出てきて、他人事のように高校野球を観られるようになったのが理由ですね。

はっきり言って、彼らがすごくうらやましいです。

ここ数年は、同級生か学年が近い人たちが甲子園に出ているのを見て、自分の非力さや怠惰さ、薄幸さなどを嘆いていました。

誰でも夢を持っているものですが、その夢を叶えるための資質や少しばかりの運は、平等に与えられたものではないと思います。「夢の成功者」である彼らが聖地・甲子園で躍動する姿を妬みの心なしでは見られませんでした。

まあ、甲子園に出たからと言って、その後の人生がうまくいくとは限りませんけどね。多くの球児は大学・社会人やプロで野球を続けることもできませんし、高校生はちゃんと勉強しないといい大人になれないんですけど。その点で、いわゆる「バカ学校」の球児たちは、野球を取り上げられたら何も残らないので、涙を誘いますね。

私も(無駄に)齢を取って、ようやく高校野球観戦を楽しめるようになってきました。

自分の人生の可能性がついにゼロになったからこそ、彼らの無邪気から目を逸らさずにいられるようになった気がします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年8月 8日 (火)

私は、市長にしてレスラーの「マイク・ハガー」しか使いませんね。

私の存在価値なんて、

ファイナルファイトに出てくるザコキャラと同じくらいですよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年8月 6日 (日)

関ジャニ∞を見ていると、いくらお金のためとはいえ、彼らは本当にこんなことがやりたいのか、と思います。

世間に自分の顔が知られると、あまり自分勝手に好きなことができないものだと思うようになりました。

例えば、音楽に関しては、バンドが売れていない頃は自分たちの好きな路線で曲を作っていくんでしょうけど、そのうち活動が軌道に乗って、知名度が上がってくると、どうしても自分たちの志向する音楽よりも、万人受けする音楽を作るようになると思うんです。それを聴いている人たちは、その万人受けする音楽がそのバンドの音楽なんだと思うようになって、バンドはそのイメージを裏切らないように(「いつもと違う」曲を発表して人気を下げるリスクを背負わないように)曲を作り続け、それが繰り返されることで「虚像」が作り上げられるような気がします。「成功」と「曲作りの満足」はなかなか一致しないのではないでしょうか。そういうジレンマが、バンドの解散、ソロ独立などを呼ぶと思います。

商業的な成功だけが、音楽の、人生の全てではないのではないでしょうか。自分の好きなように仕事ができることは、尊いことだと思います。

カウントダウンTVを見ながら書きました。

 

ここ2ヶ月の間に、世界中に顔が売れてしまったサッカーフランス代表のフランク・リベリ(23)は、幼少時に負った交通事故の傷跡を取り除きづらいでしょうね。

20060628_1601_450

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年8月 2日 (水)

また顔にメスを入れるのか……。

最近、整形手術をしようかなと考えています。

 

だって、もこみちや深キョンみたいな顔になれたら、人生が楽しくなりそうじゃありませんか。

 

どうせ今の顔のままじゃ、誰もが私の顔を「生理的に受け付けない」と評価するでしょうから。

 

金で幸せが買えるなら、整形も有効な選択肢に違いないと思います。

 

 

20051103_92559  

 Before

 

 

 

Dt01_1600  

 After

| | コメント (2) | トラックバック (0)

地獄へのパスポートなら持っています。

私の友人の一人が、この夏から、外国の大学に留学します。

地元から出るのにも、いささかの勇気をもってしなければならない私にとっては、外国に行くということ、ましてや留学するなど、全く想像ができません。未知の国、文化、言語に、これといったコネもなく飛び込んでいく、その好奇心と行動力は、尊敬に値すると思います。

友人が留学先から帰ってきたとき、その友人は私の知っている友人とは大きく変わっていることでしょう。あらゆる点において成長し、人間としての器が比較にならないくらい大きくなっていると思います(その友人が今現在、器の大きい人ではないという意味ではありません)。もちろん、私と友人との「差」は大きく広がっていることでしょう。でも、そんなことは問題ではありません。私が成長しないのは私自身の怠惰さが問題なのであり、友人の留学はそれを顕著に表現する一つのファクターに過ぎないのです。

日本では得難い経験をして、いつか帰ってくる友人の、いっぱいの土産話を、今から楽しみにしています。

London1024  

 

 

 

さて、前置きはこの辺にして、そろそろ私のネガティブシンキングを始めましょう。

その留学する友人は、多くの人に惜しまれつつ日本を旅立ちます。友人は今、出発を10日後くらいに控え、さまざまな方面から「送迎会」を受けている最中です。

そして、日本に帰って来たあかつきには、また多くの人たちから再会を喜ばれ、さまざまな方面で、留学体験について語る機会があることでしょう。

 

もし、私が留学するとしたら――そんなことを考えてみました。

「ねえ、最近ライト兄弟(私の仮名)見ないけど、どうかしたの?」

「なんか、留学してるらしいよ」

「へーっ、そうなんだ。ところでさ……」

 

「ねえ、最近ライト兄弟(私の仮名)が留学先から帰ってきたらしいよ」

「ライト兄弟?あーっ、そういえばいたね、そんな奴。すっかり忘れていたよ。別に帰ってこなくて良かったのに。て言うか、何しに行ってたの?」

「知らない」

「あ、そ。まあ、どうでもいいね、そんなこと。ところでさ……」

 

……といった具合になることでしょう。

誰にも気を留められることもなく、気付いたら日本を去っていて、気付いたら日本に帰ってきていた……留学したからといって誰かの注目を浴びることもない……そんなことになるに決まっています。送迎会も歓迎会も一切なし。それが私に対する世間の基本的な扱いなのです。

 

やっぱり、何をやってもうまくいかない。その現実を再確認しました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年7月28日 (金)

死んで屍拾う者なし。

私は最近、物事を透視する眼力を身につけました。

早速、この能力を使って、私の未来を透視してみましょう。

 

 

………………………………………………

 

見えました!!

 

金も地位も名誉も人生の伴侶もない私の未来が見えました!!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年7月27日 (木)

がんばって前向きに生きていこうとは思うのですが……。

未来のことを想像するときは、それが期待していた通りにならずにがっかりすることを恐れて、常に最悪な状況を想定するようにします。

  

最悪な状況をシュミレートしたうえで生きると、もし最悪を回避できたら、得した気持ちになりますし、実際に最悪な状況が発生したとしても、「ほら、やっぱりね」と、さほどがっかりせずにすむものです。「期待しないこと」が当たり前なのです。

 

例:明日は待ちに待ったプロ野球観戦の日だ。思いきり広島カープを応援するぞ!カープ、カープ、カープ広島っ。……でも、私がスポーツを観に行って、応援しているチームや選手が活躍したためしがないんだよなぁ……まあ、負けてもともとって気持ちで試合を観ようかな。阪神強すぎるし。

 

ところで、未来に甘美な希望を抱いて、実際はそうならなくて、「えっ、なんでこうなってしまったの!?」と大きなショックを受けないようにすることを覚えた理由は、私の人生の星回りが常に最悪な状況へと向かうようにできているからです。天中殺です。私の思惑は、カツオもびっくりするくらい、よく外れるのです。

 

「磯野~野球しようぜ」

「悪ぃ、今日家庭教師来るから」

 

なにをやってもうまくいかない……貧乏くじばかり引いている人生には、もうすっかり慣れたものです。

 

でも、「最悪な状況の想定の的中」をずっと繰り返していると、ひどくな気持ちになります。 当たり前ですが、好き好んで悪いことを体験しているわけではありません。ただ、どうしても、どうやっても、物事や人間関係がうまくいかないのです。

 

そうして、何事にも消極的になって、精神的に引きこもってしまいます。引きこもると、良くなる可能性はどんどん狭まっていきます。これが私の人生における負の循環ですが、原理はわかっていてもそこから脱却する手立てがないのです。

 

もうこれ以上、最悪な状況に出くわさない方法がひとつだけあります。

T42

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年7月26日 (水)

歯医者に行ったわけではありませんが。

私が今、何をしているのかは、誰も知らない。

誰も私のことに興味を持たないし、私も誰かに私自身のことを宣伝しようとは思わない。

だから、私が今日、親知らずを抜いたとしても、

そのことは誰も知らない。

親も知らない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年7月25日 (火)

No more torture。

1人じゃ死ぬのが怖いから

君も一緒についてきてよ

まだまだ底は知れないんだから

今より悪くなってもっと辛い思いをする前に

 

自分のことについてもっとよく考えてみてよ

なにをとっても人より劣っているだろう

頭をひねって出した答えが

ちんぷんかんぷんだと人に笑われ

そのうち誰にも相手にされなくなって

社会の隅っこで生きているんだ

 

今の自分に満足なんてしていない

良くなるようにいろいろやってみた

だけどこれは宿命なんだろうか

僕の100点満点の回答よりも

奴のせいぜい65点の回答が

周りにほめられている

日陰でなにをやっても

誰にも見てもらえない

この100点をとるために僕がいったいどれだけ努力したか

誰もそんなことを考えようとはしない

 

もう決めた

別れを告げるときが来た

だけど

1人じゃ死ぬのが怖いから

君も一緒についてきてよ

まだまだ底は知れないんだから

今より悪くなってもっと辛い思いをする前に

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年7月22日 (土)

ライト兄弟の病の語り。

Photo_17 私は小学生の頃に、ボクシングのWBCバンタム級王者の辰吉丈一郎(36)のボクシングスタイルとその生き様に感銘を受けて以来、今に至るまで「ボクシングをやってみたい」という希望を抱いています。

ボクシングは肉体的に危険なスポーツであること、別にやっていたことがあったこと、そして何より私の性分が怠惰なことなどから、なかなかボクシングをする機会が得られないのですが、頻繁に無意味なシャドーボクシングやロードワークをしたりして、身体を「ボクシング仕様」に作り上げようと試みていました。また、ピストン堀口やモハメド・アリ、坂本博之、畑山隆則、そして辰吉を2度倒したウィラポンなどに夢中になり、漫画「はじめの一歩」をひたすら読むことで、ずっとボクシングへの情熱を温めてきました。

10年にわたって抱き続けていたリングへの想いは、しかし、今年の2月、眼医者の宣告によって打ち砕かれてしまいました。

 

「君の右眼、網膜剥離してるYO。」

 

まったく身に覚えがなかったし、自覚症状もありませんでした。たまたま診察してもらったら、私に、あまりにも重大な欠陥が発生していることを知ったのです。

 

「ボクシングやっていたわけでもないのに網膜剥離か……」

そう、ボクシングは頭部を集中的に殴打する格闘技なので、身体のさまざまな機能に損害が出る可能性が高いのです。とりわけ、網膜剥離は発症の頻度が高く、ボクシングの職業病として有名です。

 

激しい痛みを伴った手術は無事に成功しましたが、絶望的な気持ちが私を襲いました。

 

網膜剥離になった人は、再発の恐れが強いため、手術を施しても日本のボクシング団体ではプレーすることができません(アメリカならば、医者の許可が出たらOKが出ることがあります)。

辰吉選手はボクシングの試合で網膜剥離を患い、引退の危機に立たされましたが、復帰への強い意思と実力で世界チャンピオンの座を取り戻しました。

 

私にとって、ボクシングは永遠に「見るだけの格闘技」となってしまいました。リングは、ずっと遠くに霞んでしまいました。

 

私を冒した病気は、私の可能性を一つ、奪っていきました。

こうやって、時間の経過と私の身の回りに起こる様々な出来事が、私から未来と希望を確実に削り取っていくんだな、と考えると、とても憂鬱になります。網膜剥離=ボクシング不可能は単なる氷山の一角、破滅への序曲でしかないと思います。

 

そのジリ貧から抜け出すには、決断力と行動力、そして自分にできることを磨いていくことが必要でしょうね。だらしなく悪い波に流されるだけではなくて。

たまには、前向きな気持ちで文章を締めくくりたいと思いました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年7月18日 (火)

画像の人物も後悔の念を抱いています。

20060710_2070_450 最近、思うことがあります。

人間って、暇なときには、本当にろくな時間の使い方をしないな、ということです。

暇なときは、どうでもいいことに、湯水のごとく時間を注ぎ込んでしまうようになってしまいます。

そしてその役に立たない時間を後から振り返ってみて、「あれ?よく考えたら私、なんでこんな無益なことを夢中になってやっていたんだろう」と気付きます。

暇な時間ほど、自分をコントロールできなくなるんでしょうね。

| | トラックバック (0)

2006年7月17日 (月)

ブルース・リーの名言をあなたにお届け。

Spoofbrucelee Don’t Think, Feel!

 

 

和訳:考えるな、感じろ!

 

 

 

 

 

 

苦痛を

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月16日 (日)

ライト兄弟への独占インタビュー。

>・友達と一緒に昼食を週何回食べますか?
昼飯はのんびり食べたい主義なので、必ず1人で食べます。食べる場所に困りますけど。
>
>・今受けている授業で、知り合いがいない授業がいくつありますか?
知り合いがいない授業はないですね。ただ、その知り合いは私に気付かないふりをして、私の遠くに座りますけど。私と同じ授業を取っていることをそうとう嫌がっているみたいですね。
>
>・休日に、友達と月何回遊びに行きますか?
もちろん0回。大学生なんだから遊びなどにうつつを抜かさないで、ちゃんと勉学に励むべきだと思います。
>
>・1日を1人で過ごす日が週何回ありますか?
月曜は授業がないから、月土日の週3回。
>
>・友達を自分から飲みに誘いますか?
飲みに誘っても断られることが見え見えなので誘いません。
>
>・友達を自分から食事に誘いますか?
同上。
>
>・友達を自分から遊びに誘いますか?
同上。ちなみに、私はサッカーが下手なので、サッカーボールすらトモダチになってくれません。
>
>・友達の誕生日会を企画しますか?
私などに誕生日を祝われたら、その人に気の毒ですよ。「私はこんなやつに誕生日を祝われるほど寂しい人間じゃない」って思われるでしょうね。
>
>・友達を自分の部屋によく呼びますか?
呼んでも来ないことくらいわかっています。だれが公園の土管なんかに行きたいと思うんですか?
>
>・初めて会う人に、自分から話しかけますか?
私みたいな者に話しかけられたら、たいていの人は「なんだこの不気味な奴は」と身構えられ、私の声が聞こえなかったふりをされると思います。
>
>・携帯電話の番号やアドレスを交換するとき、自分から教えようとしますか?
>(自分から交換しようと話を持ちかけますか?)
まず、私の番号を聞いてくる人が皆無ですね。つまり、私の携帯電話の番号は需要があまったくないということです。と言うか、携帯電話がなくても、ほとんど生きていくのに困りませんね。日本中が大洪水になって全ての携帯電話が水没すればいいのに、と思っています。携帯なんて、目覚まし時計代わりに使う以外に使い道がありません。
>
>・初めて会う人が多い場所で、その場を仕切ったり盛り上げたりすることがありますか?
私が仕切ろうとしても、誰も相手にしませんよ。「やめろ」誰かのその一言で私はその場に居る権利を失います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月11日 (火)

私のイントネーションも「訛り」です。

私という人間は、鉛みたいなものですよ。

鉛は、金属類の中で最も安っぽくて、しかも有毒なんですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

君の瞳はキャッツ・アイ。

私は、道端で知人を見かけても、その人と目を合わせないようにしますね。

見てみぬふり……その人を見なかったことにしようとします。

 

それで、その人から声がかかっても、声がかからなくても、それほど気にしません。私はもともと人とのつながりが希薄なものですから。

 

でも、もし私が知人と目が合って、知人が私のことを無視するというか、声をかけずに素通りされたら、たぶん傷付くと思うんです。今までも実際、「あれ、なんでこの人黙って私から通り過ぎていくの?」と、傷付いたことが何度もありました。

「あぁ、やっぱりこの人は私のことなんて相手にしていないんだ。この人にとっては、私と声を交わすことすらおっくうで気まずいものなんだな」と。

 

そう、傷付かないようにするために、意図的に人との関わりを減らし、無難な道を選び続けているのです。

私は人に「避けられる」人間であると自覚していますから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月 4日 (火)

語彙と表現力に乏しい文章。

昨日、とても恐い夢を見ました。

見知らぬ建物の中で、私はとても恐ろしい「何か」に、後ろから追いかけ回されていました。私は当然、その恐ろしい「何か」から逃げるわけです。

しかし、その逃げる手段が、残酷なものでした。

その見知らぬ建物は、吹き抜けになっており、上を見ると、それが何階建てなのか全く分からないくらい、高いところまで続いていました。

私は、その吹き抜けの建物とフロア続きになっている階段を、ひたすら上って逃げ続けていました。果てしなく高い吹き抜けの中にある、階段です。

なぜかその階段は円状になっていて、ぐるぐる駆け上がっている感覚でした。

そんな中を、ひたすら逃げ続けるわけです。エンドレスな逃避行でした。

恐かったです。

得体の知れないものから逃げ続けるというこの夢が、何かを暗示しているように思えてならないのです。

……

その場しのぎの惰性にまかせた生活をやっていると、何も得られず、何も成長しないばかりか、徐々に時間と将来の可能性を失っていくと思います。

この夢は、その危険信号みたいなものなのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月27日 (火)

なにをやってもうまくいかないときってありますよね。私は、年齢=なにをやってもうまくいかない期間 です。

私は最近、対人恐怖症になりつつあるという自覚があります。

 

それほど親しくない人、あるいは他人に対して、どう振る舞えばいいのか、どんな言動をとればいいのか、まったくわからないのです。

 

自然に、自分らしくしていればいいだろう、という人もいるでしょう。

私も、人と接することに対して、あまり思い悩まない方がいい気がします。

ですが、私の場合、「自然に振る舞う」ことは、相手に対して不快感を与えることになるから厄介なのです。

私にとっての「普通」は、他人にとっては「異常」と映るのです。とても悪い意味で、私と一般の人とは、感性に大きな隔たりがあるのです。

だから、私は人との接し方に関して、十分に気を配る必要があるのです。

もうその時点でハンディキャップを背負っています。

 

人との接し方に関して、十分に気を配る……具体的に、どういうことをすればいいのでしょうか?

今の私には、どんなに一生懸命、考えを巡らせて、周到な策を立てたとしても、それが全て裏目に出るような気がしてしまいます。

もし仮にその策が有効だったとしても、その策を実行する際に、多大な勇気を必要とするなら、臆病者の私にはとても無理な話です。

 

例えば、あまり仲が良くない人に、気軽に話しかけてみることは、相手に失礼なんじゃないかと考えてしまいます。それが異性なら、なおさらです。

実際、私の周りには、私とは一切、話をしたくないという人が溢れています。

そもそも、私の人間関係には、「敵」がうんざりするくらいたくさんいます。

敵は私を、私と敵とその他の人たちが所属する組織から排除しようとします。そのとき、私には全く人望がないので、組織の他の人たちは敵に迎合して簡単に私を見捨てます。そうして、その組織は、完全に私の敵だけで埋め尽くされてしまうのです。

いつもそうです。どこに行っても私は、時間の流れに従って、自然と居場所を失っていくのです。

そんな状況下で、人間関係を改善しようと考えても、明らかに勝つ見込みが薄いと思います。

だから私は、何も身動きがとれないのです。

 

私の対人関係には、超えなければならない高いハードルが、ずっと遠くまで続いているような気がします。

今の私は、その延々と続くハードルを目の前にして、尻込みしている感じです。

なぜ私の存在そのものが、人に不快感を与えてしまうようになってしまったのでしょうか?宿命でしょうか?それとも、私の不徳の為すところなのでしょうか?

私ほど深刻な悩みを抱えている人など、1万人に1人くらいしかいないと思います。その数少ない絶望的な人になってしまったことを、ただただ悔やむばかりです。

いずれにしても、今のままでは、全ての人が私の放つ負のオーラを拒絶して、私に背を向けてしまいます。

 

そういうわけで、私は今、対人恐怖症になりつつあるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

沈みかけた船に乗り込んで。

これがなんと「素晴らしい人生の過ごし方。」400個目の記事DEATH。

 

昨年の11月に初めて以来、7ヶ月半でここまで来ました。

 

 

確かにこれはひとつのマイルストーンのように見えますが、真実を見据えたならば、取り返しのつかない、多くの時間と労力を浪費してしまったように思います。

 

ブログをやって、得たものはごく僅かしかない気がします。

 

でも、仮に私がブログをやっていなかったとして、そのために「浮いた」時間が有効に使えたかというと、そんなことは決してないと思います。

 

要は、私のような役に立たない、薄幸な人間は、何をやっても、どう生きても「無駄な時間」を浪費している、と自他共に認めることになるということです。

 

逆に言えば、仕事ができたり、幸福な人たちは、与えられた時間を最大限、有効に活用しているように見えるし、実際に有意義な時間を過ごしているのです。

 

そういう人たちの背中が、私の目には、果てしなく遠くに霞んで見えます。

 

ブログを書くということは、人生の回り道なのでしょうか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年6月25日 (日)

君の人生を終わらせて。

今 君の人生に 陰りが見える

これ以上生きていても 良くなる見込みはない

何なら僕が 引導を渡そうか

耐え難い失望を味わう前に。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月22日 (木)

剥奪の「剥」と網膜剥離の「剥」は同じ字です。

私が何か発言すると、いつも、その場が一瞬、静まり返ります。

まるで周囲にいた人たちが私の発言を待ち構えていて、私の声に耳を澄ませていたかのようです。

そして次の瞬間、私が残した沈黙の嫌な余韻をかき消さんばかりに、「今誰か喋った?」というような雰囲気で、私を無視して再びその場には声が戻ります。

もちろん誰も私の話に耳を傾けるはずはないのですが、一瞬静まり返ったのは、私が悪いかのように思ってしまいます。

 

私と全く関係のない会話が私の周囲で繰り広げられていて、私の声の後に沈黙が訪れたのなら、まあ、タイミングが悪かったのかな、どうせ私は場の空気を読めずに、ぶち壊すことを得意技としている者ですよ、とあきらめはつきます。

しかし、もっとたちが悪いのは、発表会や飲み会などの場において、周囲が私に対して発言のターンを提供したにもかかわらず、私の発言を完全に無視するケースです。そこにいる人たちは、まるで何も聞かなかった振りをしているかのように見えます。

私に話を振っておいて、この扱いか……。ただ愕然とするばかりです。

 

そう、私は基本的に、話をすることを許されない人間なのです。私が話せば場の空気は一気に冷え込んで、私だけでなく、私の話を聞いていた人々までもが気まずい思いをするようなら、私はいかなる場でも発言を控えた方がいいに決まっています。

いつの間にか周囲の人々は、私から様々な権利を剥奪しているんだなあ、と実感する今日この頃です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

NO WAR。

もし今の日本に、志願制の徴兵制があるなら、私は喜んで軍隊に入りますよ(現行の自衛隊は憲法第9条の精神によれば、軍隊ではありません)。

そして私は派遣先で死にます。

 

私の人生、どうせこれ以上生きていてもろくなことはないでしょう。失望だけを味わい続ける、悲惨を極める日々の中で、他人にこき使われながら、消耗しきって一人でひっそりと死んでいく光景が容易に想像できます。

兵隊として死ぬことは、死の理由や目的になり得ますから、ただ自殺したり、無駄に長生きしたりするよりもよっぽど有意義です。

そして軍に行って遠い国で死ねば、私の何もない人生を、私を知る人々は、美化して語ってくれると思います。

最高ですね、徴兵制。一刻も早く、導入してほしいです。韓国人が企むという兵役逃れ、これは私には全く理解できない行為です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月16日 (金)

ミス日本。

ここ最近、得体の知れない恐怖にさいなまされています。

 

それは、ある日突然、足元の地面がガタガタと崩れていく幻視です。

 

例えば、今まで正しいと思っていた道が、まったくあさって(Day after tomorrow)の方向に向かっていたり。

 

例えば、勇気を持って、リスクを承知の上で選んだ冒険が、実は見返りの少ない愚行に過ぎなかったり(ハイリスク・ローリターン)。

 

例えば、良かれと思って人を気遣ったつもりが、実はその人を傷付けていたり。あるいはその逆で、人の心配りに気付けていなかったり。

 

例えば、自分が自信を持って貫いていた信念が、まったく筋の通らない寝言に過ぎないものだったり。

 

例えば、今まで有意義なものだと思っていた買い物が、実は単なる無駄遣いであることに気付いたり。

 

 

自分のやっていること、考えていることが、まったくの勘違いに過ぎないんじゃないか、と考えると、恐怖に似た寒気が私を襲います。

 

そして、たとえ今までやっていたことに間違いはないとしても、これから先、取り返しのつかない過ちを犯す可能性はゼロとは言えません。

 

そんなことを考えると、何をやるにも臆病風が吹いて、足がすくんでしまいます。

 

何も考えずにただ突っ走ることも、慎重に物事を検討しながら生きていくことも、決して正しいとは言い切れない……じゃあ、どういうふうに生きていけばいいんだろう……悩み多い人生に、終わりが見えません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月15日 (木)

私は傷癒えましたけどね・・・。深い傷じゃなかったからでしょうか。

00a67314 タイトルに特に意味はありません。

 

写真の人物は(三振王および死球王を除いて)タイトルを獲ったことがありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 7日 (水)

6月7日は岸部四郎(岸部シロー)さんの誕生日です。

自分の携帯電話のメールアドレスに、誕生日が含まれている人って、たまにいますよね。

例:akiko-yada1223@......

そういう人の図々しさには、呆れるばかりです。

誕生日がメールアドレスに含まれているということは、その人のアドレスを知るということ=その人の誕生日を知るということ、となります。

つまり、自分の誕生日を周囲にさりげなく教えているのです。

(これを「風説の流布」と言います)

これが厄介なんです。アドレスに誕生日を入れている人は、十中八九、「私の誕生日を祝え!」という意図を含んでいるのです。

恐らくそういう人は、周りの人たちの顔色をうかがいながら、物事を自分の都合のよいふうに仕向けることだけを考えて生きているんでしょうね。

本当にうんざりします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年6月 2日 (金)

暇つぶしのお供といえば「プチプチ(緩衝材)」以外に考えられませんよね。

そもそも、私がアルバイトを始めた理由というのは、お金がほしかったためではなく、時間を有意義に使いたかったから、なんです。

もとより退屈をかこう日々を過ごしていた私は、「このままでは腐りきった人間になってしまう」と危機感を感じていました。時間が有り余っているときというのは、どうしてもその時間を持て余してしまいがちです。テレビばかり見ていたり、インターネットから離れられなくなったり、やることがなくなって昼寝したり……。

自分を自分で律することができなくなっていたのです。

ならば、外部から私に責任を課せられる状況をつくればいい、と考えました。その策というのが、アルバイトを始めることでした。

しかし、ここには重大な問題が潜んでいたのです。

私は私が考えていた以上に、深刻な「怠け者」の習性が根付いていたのです。

アルバイトのない日は、相も変わらず家でゴロゴロするくらいしかやることがありません。そうしていると、アルバイトに行くことが億劫(おっくう)になってきます。自分でアルバイトの予定を入れているくせに、そのアルバイトが非常に面倒くさく感じてしまうのです。

私は悟りました。

暇なら暇で、「何もやることがない」と嘆き、もっと忙しい状態を欲し、アルバイトがあるときには、「家でゴロゴロしていたい」という願望を抱き、もっと身軽な状態を欲してしまうということを。

私は、適度に忙しく、適度に暇という、折半されたちょうどいい精神状態を作り出すことができないのです。常に、激しく追いたてられるか、全く追う気が起こらないかという、両極端な、厄介な気持ちになってしまうのです。

冬には「夏が待ち遠しい」と嘆き、夏には「冬が良かった」と嘆く、のび太のようなダメ思考です。

 

「中途半端」「どっちつかず」という言葉は私の18番なのに、「バランス」「ちょうどよい」「適度」といった安定した状態とは縁の遠い私の精神状態に、ひどくうんざりしてしまいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月31日 (水)

しょこたんぶろぐのイメージカラーはピンクです。

気温が徐々に上がって、人々の装いも身軽な薄着に変わりつつあるこの季節。

そんな夏からよく見かけるようになるのは、ピンク色の服(特にTシャツ)に身を包んだ男です。

ピンク……ユニセックスと呼ばれるファッションが定着した現代においても、私はいまだにピンク=女の子が身につける色、という概念を持ち続けています。おそらく、多くの人がこの概念を肯定すると思います。

女性でもピンクを着る人はそんなに多くありません。その中で、ピンクのTシャツを着た男は、周囲の人々からは異彩を放っています。よく目立っています。

はっきり言います。ピンクの服を着る男は、女の子にもてたい、女の子に振り向いてもらいたい、ということしか頭にない人種だと思います。

ピンク=女の子、という概念が一般に通用するならば、ピンクを着た男は、「女の子に迎合」することを目指していると思います。よこしまな考えで、似合いもしないピンクを着ているのです。

私の印象では、速水もこみち(彼女はAV女優)やオダギリジョー、成宮寛貴のような顔立ちの、誰もが認めるイケメンは、ピンクは着ません。イケメンは自然体でいても、美形の女性が向こうから寄り添ってくるものなので、ピンクなんて着て無理をしようなどという発想はもちません。(今どきイケメンという言葉を連呼してよいものかどうかわかりませんが、ここではイケメンという言葉を使います)

ピンクをよく着るのは、スキマスイッチのボーカルの方やポルノグラフィティのボーカル岡野昭仁のような、イケメンと呼べるようなレベルではない顔、でも不細工ではない顔、付き合う女性を選べる立場にないような、微妙な顔の男です。そういう顔の男は、ある程度自分の容姿には自信をもっている(それが自信過剰気味かどうかはここでは言及しません)ものの、もこみちクラスの男に対しては劣等感を抱いているため、ピンクを着て女の子に合わせることで女の子からの印象を良くしようと考えているのです。

私の目には、ピンクを着た男はそういうことしか考えていないように映ります。そして、ピンクを着た男は決まって、私の嫌いなタイプの顔立ちをしているものです。

賛否両論となりそうな考え方ですが、自分の外見にばかり注意を払って、露骨に女の子の注目を集めようとしていることが見え見えな男は、うんざりします。もっと違った方向から自分を良く見せる考えはないのか、と問いたくなります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月24日 (水)

大人のマナーを忘れるな。

さあ 全てを放り出して 新しい旅に出ようか

失うものなんてなにもないさ

本当になにもないさ

いやマジで

これが自己破産。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自転車こいで 海を見に行く 夜明けの空に 太陽をめがけ 飾らない日の おしゃべりは続き 自転車こいで 太陽をめがけて。

私が駐輪場に自転車を停めると、引き取りに戻った際には、高い確率で倒れています。

いつも倒れている気がします。

そして、周りを見渡すと、倒れているのは私の自転車だけ。

駐輪場に様々な色、大きさ、形の自転車が30台、50台とあるなかで、私の自転車だけが、いつも無気力に、地面の上に横たわっています。

これを起こす際には、憂鬱な労力と、周囲からの哀れみの視線に耐える器の大きさが必要とされます。

どうしていつも私の自転車だけが倒れているのでしょうか?

Bbnp732s  

 

 

私の自転車は、特別、安定感に欠けるわけではありません。片側に重心をかけるタイプのスタンド(ジョジョの奇妙な冒険に出てくるものとは別物です)を使用していますが、まずまず丈夫にできていると思っています。少々の風が吹いたくらいで倒れるほど、やわな代物ではありません。むしろ、周囲には私の自転車よりも安定性のない自転車もたくさん停められているくらいです。

私は運の悪い人間だと自覚していますが、毎回毎回、私の自転車だけが倒れるなど、不運にもほどがあります。

ならば考えられることはただ一つ、誰かが作為的に私の自転車を倒して去っていった、これしかありません。

偶然、他人の自転車を倒してしまうことはよくある話です。自分が倒した自転車をちゃんと起こす道徳心くらいは、誰もが持ち合わせていると思います。まあ、周りに誰も人がいない場合は、そのまま足早に倒した自転車を(スポーツ)放置して去っていくことが多いですが。倒した自転車を起こせば、その自転車の持ち主は、自分の自転車は倒れていないと認識するため、何一つ不快な思いをせずにすみます。

しかし、作為的に他人の自転車を倒した場合はどうでしょう。悪意があって自転車を倒したわけですから、倒した本人に、それを起こす気などあるはずがないです。自転車はただ単に、誰かのストレス発散のために倒されたもの、として地面に横たわり、その被害者は、哀しい気持ちで自分の自転車を起こします。

人が偶然、自転車を倒してしまった場合は、倒した側が「面倒臭い」だけなので誰も得をしませんが、作為的に自転車を倒した場合は、倒した側がストレス発散という、ささいな「成果」を得ることが出来ます。そのあおりを受けるのは、自転車の持ち主ですが、その持ち主が受ける精神的・肉体的ダメージは、倒した者が感じる快感の10倍に上ると推定されます。

そして、私はこの作為的な自転車倒しのターゲットに、ことごとく指定されているような気がしてならないのです。

私の自転車からは、負のオーラがプンプンと漂っていて、思わず倒してみたくなるのでしょうか?

この話は、どうでもいいことかもしれません。ただの被害妄想に過ぎないかもしれません。

しかし、私の自転車が倒れている光景を見るたびに、すごくがっかりしますし、私の自転車だけが倒れているとなれば、怒りの感情も沸いてくるというものです。

普段からネガティブな思考を得意とする私は、たかが倒れた自転車一つで、これだけの被害的な想像を膨らませてしまうのです。

こんなマイナス思考しかできない自分が、嫌いです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月12日 (金)

何せ私、引きこもりなもので……。

どっかの社会学者が言っていましたよ。

 

中学生は「広く浅い」友人関係を築く。

高校生は「広く深い」友人関係を築く。

大学生は「狭く深い」友人関係を築く。

 

と。

 

あれ?私は以上の3種類のいずれもにも該当しないんですけど?

 

私のように、ガキの頃から一貫して「狭く浅い」友人関係を築いている者に対しては、何も言及しないんですかね?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月10日 (水)

不安だけが頭の中を支配する午前4時半。

いったいいつまで、何をやってもうまくいかない時期が続くのでしょうか?

全てが裏目に出る日々は、いつまで続くのでしょうか?

 

 

世間には、汚いことをやって、いい思いをしている者もいます。私の身近なところにも、そのような人物がいます。本人は汚いことをやっているという自覚があるかどうかは、知る由もありません。いや、恐らく自覚はないでしょう。悪事を繰り返していくうちに、悪事を悪事と思わなくなる。良心が麻痺してしまうのでしょうね。

 

そういう人間がいるところには、その汚い悪事のあおり、被害を受ける人も確実に存在するのです。その被害者は、たいていの場合、罪のない人だと思います。

生活費に困って、アイフルに、そしてヤミ金融に頼る人のように。

 

私には、その汚い人間に制裁を課す力はないですし、社会的弱者なので、世の中の不条理な摂理にも従わなければならないのです。

 

今、本当に悩んでいます。私は汚い人間に対し、不可抗力という形で従わざるを得ない状況にいるのです。私が属する世界は、その汚い人間が定めたルールの下で営まれているのです。そのルールは、汚い人間にとっては最も都合の良いルールで、私にとっては最悪なルールなのです。

 

私が何か致命的な間違いを犯したのでしょうか?私自身が奮起しなくては、今のこの絶望的な状況から脱却できないのでしょうか?

テロを起こせばいいのでしょうか?どうせ安い命なのですから、失うものなど顧みる必要もない気がします。

 

歪んだ世界から、一刻も早く脱出したいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 8日 (月)

俺たちに明日はない。

明日できることを今日するな

という、ヨーロッパ産のありがたい格言があります。これは、「船頭多くして船山に登る」に並んで、私が最も好む格言です。

 

目の前にやるべきことがある……期限は明日。1日あればできること。それを、今日やらないで、明日に回すことを、快く思わない人がいるでしょうが、私はそれでもいいと思います。

私が言いたいことは、焦ったり、せっかちになるなということです。

料理にもお笑いにも、「さしすせそ」があるといいます。

 

注:お笑いの「さしすせそ」とは、

・さっさとやれ

・(客を)静かにさせるな

・スパークしろ

・せっかちになるな

・ソーセージ(始めと終わりを締めていけ、という意味)

の5つです。

 

この格言は、試験を控えた学生にとって、特に効果的なものです。

どうせ試験なんて、多くの人は一夜漬けで臨むものと思われます。一日しか勉強しないのなら、試験の前日にするに限ります。張り切って1週間前に勉強しても、試験当日には暗記したことを忘れているでしょうし、1週間前から毎日、テキストを開く意欲もありません。最も効率よく試験をパスするには、前日の集中力の高さに賭けるのがいちばんです。

また、仕事においても、「今日はだるいや」という気分のときに、がんばる必要はないと思います。一日あればできる仕事なら、先延ばしにするべきです。気分が乗った日が来れば、そのときに一気に片付ければいいですし、締め切り前日まで手が付いてなくても、焦りからか高い集中力で効率よく片がつくものと思われます。

「明日できることを今日するな」……一見、だらしなかったり、計画性のない考え方のように思われますが、確信を持って今日をゆっくりと過ごしているのなら、賢い選択のように思われます。繰り返しますが、気分が乗らないときに、無理をする必要はないのです。

常に心に余裕を持って、落ち着いて物事に取り組みたいものです。

私はほとんど実践できていませんが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 7日 (日)

この記事はまさに後のフェスティバルですね。

ゴールデンウィークとは言いますが、私のように、特に何もすることがなく、普段と全く変わりのない、実りなき休日が4、5日ほど続いたような者にとっては、ゴールデンと呼ぶには全く相応しくない一週間でした。

何がゴールデンでしょうか。50年以上前に映画配給会社が命名した経営戦略の遺物に、いまだに惑わされている日本国民には、この方からありがたいお言葉を頂戴する必要がありそうです。

Oyabun  

 

 

「新庄?!!」

 

「ゴールデンウィークもついでに。」

 

おかげでこの2週間近くの間、テレビニュースはNHK以外、目にする気がしませんでした。「大型連休」……すばらしい響きです。

 

ただ、そんなNHKも、BS-1ではいささかラフなスタイルでスポーツを伝えてくれます。アレックス・ロドリゲズ選手(ヤンキース)は「A-ROD」、シャッキール・オニール選手(ヒート)は「シャック」、ダラス・マーベリックス(NBA)は「マブス」、クリーブランド・キャバリアーズ(NBA)は「キャブス」と、俗世間で通用しているニックネームを平気で使っているのです。

 

どっちなんだよ!?NHK!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月30日 (日)

暇な生活に対する危機感。

私は暇な時間ができると、家に閉じこもって趣味に没頭します。

恐らく、多くの人は暇な時ほど趣味の時間を楽しむのではないでしょうか?

今さら言うまでもなく、私は世間一般の人々に比べて、はるかに暇な人間です。

とりわけ最近は、退屈な日々が続きすぎて、趣味のことばかり考えます。

趣味に対する造詣が深くなる一方です。ちょっと困ったものです。

ですが、こんな私にもたまには用事ができたりして、忙しくなる日や期間というものがあります。

そんなとき、暇にかまけて趣味に走ることに慣れきった、ぬるい精神と身体が、「多忙」を拒絶します。ちょっと趣味に手が回らない日が続くと、ストレスがたまってしまいます。

少しの間、我慢すればそのうちまた暇な時間ができるものですが、ここで持ち前の怠惰さを抑えきれなくなると、全ての呪縛から解放されたい気持ちになります。1つ1つの諸用を放り出して、自由になって、ゆっくりと時間に追われることなく趣味を楽しめる生活を求めるようになります。

「今日、授業出るの面倒くさい。家でゲームでもしていよう。」とか、

「バイト行きたくない。見たいテレビあるし、さぼろうかな。」などと考えだします。

自分に課せられた最低限のノルマは果たさなければ、という責任感と、だらだらと趣味の時間を過ごしたいという欲求との間で葛藤が起こります。

その葛藤に負けたら、そのときは間違いなく「ニート」や「引きこもり」の入り口に立ったといえるでしょう。一度さぼることを覚えると、次にさぼるときは、最初のときほどの心苦しさは覚えないからです。

ですから、常に自分を内面から監視して、自分に厳しくあるように気持ちを張っていないと、私くらい暇な人は、一気にニートや引きこもりへの坂を転げ落ちてしまうのです。

そこそこに趣味の時間を確保できる、適度に忙しい人生でありたいな、と考える今日この頃です。それが、ささやかな「素晴らしい人生の過ごし方。」でもあるような気がします。

なんだか久しぶりにいい文章が書けた気がします。これで、悔いを残すことなく、このブログを閉鎖することができそうです。

 

 

あれ?誰か引き止めてくださいよ……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月19日 (水)

実話ですが、何か?

最近は、「AVとか作ってる会社なら、こんな私でも雇ってくれるでしょう」が口癖になりつつあります。

 

それで、家族や友人などに「君はどこの企業に就職したのかい?」と訊かれたら、こう答えるのです。

「ああ、映像関係の仕事だよ」と。

 

次長課長の「Vシネマ」というネタに衝撃を受けて、この道を志した次第であります。

 

注:AVとは、オーディオ・ビジュアルの略ではなく、アダルト・ビデオの略です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月17日 (月)

私という人間を構成する要素。

父親の劣ったところ悪いところ  母親の劣ったところ悪いところ

 

                      ↓遺伝

 

                      私

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月16日 (日)

尽きない悩み。

最近、何をするときにも、集中力がありません。本当に困ります。

テレビを見ていても、なんだか頭がぼーっとして、テレビでやっていることが全然頭の中に入ってこなかったりする瞬間があります。それで、「あれっ、今この人、何て言ったっけ?」などとなって、消化不良な気分を味わっています。

何をするときにも集中力がないと、何をしても上手くいかない、中途半端な結果になってしまいます。

いちばん悪いことは、人の話を聞かないことです。聞こうとしているのですが、ちょっと別のことが頭をよぎると、そのことばかりが気になって、人の話は完全に上の空になってしまいます。

どうすれば集中力が高くなるのでしょうか?

やっぱり、精神が満たされている、充実しているときでないと、集中できないのでしょうか?

だとすると、私はこの先ずっと、頻繁に注意力を欠くことになってしまいそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月13日 (木)

4月19日は……。

年に一度の健康診断が私の大学で行われます。

昨年、一昨年は特に何も悪いところは見つからなかったと思います。

ですが、なんとなく今年は、一筋縄ではいかないような気がします。

この健康診断では、レントゲンや検尿、心臓検査などをおこないます。

これだけの種類の検査をするのだから、どこか1つくらい、私の身体に致命的な疾患が見つかるかもしれません。

というか、見つかって然るべきものだと思います。

 

20余年にわたって、多くの人から敬遠され、見捨てられ、裏切られ続けてきた私の人生です。今ここで、ついに私の身体にまで裏切られたとしても、何の不思議もないでしょう。

覚悟は出来ています。

先日、全く自覚症状がないのに、医者に「お前の右眼は網膜剥離してるYO!」と告げられた私です。網膜剥離は、恐らく氷山の一角に過ぎません。

死の刻(とき)よ、来るなら鯉、という心境です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月12日 (水)

どんなに妬み深い人でも、私のことは哀れむことでしょう。

嫉妬」という感情には、次のような定義があります。

 

1 成功者が自分にとって身近な人であるほど、嫉妬が強くなる。

2 自分が望んでやまないものを手に入れた人に対しては、嫉妬が強くなる。

3 楽していい思いをしている人に対しては、嫉妬が強くなる。

4 控えめな性格でない人に対しては、嫉妬が強くなる。

 

定義1が当てはまる場合は、より嫉妬の感情が強くなり、定義2、3、4と数字が下るにつれ、嫉妬の感情は弱くなります。

このようなことが、村上春樹の小説「ねじまき鳥クロニクル」の牛河という登場人物の台詞の中に書かれていました。

 

定義2に関して事例を挙げるとすれば、「前から狙っていた可愛いあの娘を、あの男がモノにしやがった」というところでしょうか。「あの男」に対して嫉妬が芽生えることは、誰しもが理解できることでしょう。「知り合いが宝くじで1億円を当てた」という事例も、嫉妬心を呼び起こします。

そして、最もやっかいなのは、定義1です。事例を挙げるとすれば、「親友が大企業に就職した」「親友に彼女(彼氏)ができた」などが挙げられます。

親友が成功を収めたのですから、素直に祝福……といきたいところですが、なぜか心のどこかで妬みの感情を抱いている自分に気づくはずです。自分の就職先が中小企業だったり、自分に彼女(彼氏)がいなかったりするときに、先の親友の成功談を聞かされると、「あいつに出来てなんで私は……」と、焦燥感に駆られること必至です。

一方で、大して仲の良くない人が成功しても、それほど気にならないものです。

「俺とあいつの友情は、互いに彼女がいないことによって繋がっている」という事例は、分かりやすい真実といえるでしょう。

 

ちなみに、広辞苑で「嫉妬」を調べてみたところ、

1 自分よりすぐれた者をねたみそねむこと。

2 自分の愛する者の愛情が他に向くのをうらみ憎むこと。

とありました。

あまり嫉妬深くならずに、もっと、しっとりした性格になりたいです。

Img3fd50bd790fehs

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月11日 (火)

Today’s poem 3。

私が食パンの耳を食べている間に

他の人たちは食パンの内側を食べている

私が1時間かけて積み上げたセッティングを

他の人たちが5秒で片付けてしまう

私がきれいに洗濯した衣装を

他の人たちは汚してその辺に放り捨てていく

私が汗水垂らして稼いだなけなしの金を

他の人たちは酒といっしょに消そうとしたがる

私が並んだレジの先にはやたらと手間のかかる客がいて

隣のレジは呆れるほどスムーズに進んでいく

私に振り当てられる椅子や机はガタがきていて

私の嫌いな料理ほど私の皿に多く盛られる

 

どうして私だけがこんなに苦労しているのに

他の人たちは私の気持ちも理解しないで

私を踏み台にしていくのだろう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月29日 (水)

誰かジョイかチャーミーなどの食器用洗剤を恵んでください。

私という人間は、油みたいなものですよ。

どの水にも合わないし、どの水に混じっても浮いてしまうんですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月28日 (火)

Today’s poem 2。

どんなに精一杯走っても、一向にゴールへたどり着く気配がない。

真っ暗闇の中を走っている感じ。

どんなに精一杯走っても、一向にゴールへたどり着く気配がない。

下っているエスカレーターを上ろうとする感じ。

どんなに精一杯走っても、一向にゴールへたどり着く気配がない。

目の前で発車したバスを追いかける感じ。

どんなに精一杯走っても、一向にゴールへたどり着く気配がない。

プールの中を走っている感じ。

どんなに精一杯走っても、一向にゴールへたどり着く気配がない。

オフサイドだとわかっているけど、ボールを追い、シュートを放つ感じ。

どんなに精一杯走っても、一向にゴールへたどり着く気配がない。

沿道でマラソンランナーと並走する感じ。

どんなに精一杯走っても、一向にゴールへたどり着く気配がない。

強い向かい風が吹いている。

足が前に出ない。足が重い。気が遠くなる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月24日 (金)

Today’s poem。

何を信じていいのかわからない。

何を拠りどころに生きればいいのかわからない。

何をもって今の状況が良くなるのかわからない。

お家をきいてもわからない。

名前をきいてもわからない。

ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン。

ないてばかりいる こねこちゃん。

犬のおまわりさん 困ってしまって

ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン。

| | コメント (0) | トラックバック (0)