しょこたん(ネ申)ことアイドルの中川翔子氏(21)が、最近続発しているいじめ苦による学生の自殺について、ブログで深刻な内容の意見を提示しています。
いじめ事件が多過ぎるね
宇宙ができてから様々な偶然が重なって奇跡的に生まれた一人の人生を他人が苦しめて奪うなんて
死なせてしまうなんて、
自分たちは永久に殺人犯だってことわかるのかな
加害者は学生だからってあまやかされずに対処されるのか
永遠に殺人犯になるのに、ちゃんとその覚悟と償いをして生きていくの?
そこまでしたなら親やまわりが加害者を守るひつようないのに
年齢は関係ないんだから
殺人なんだから
死なせてしまうまでいじめるにはどんな複雑な理由がからむのかな
加害した側がいじめられた人と同じ苦しみ味わうことなく守られ生きていくのはなぜ
年齢関係なく実名だすべきなのに
苦しませて命を失わせて、やったがわは普通に生きていけるのはあまりにもおかしい
殺人に時効なんかいらない時効なんかが存在する意味がわからない
やったほうは同じめにあうこともないのに
時効や減刑で守られてどうするの
加害者をまもるものは全部なくなってしまったらいい
……偏重的ともとられかねないくらい、被害者側の立場に重きを置いた意見です。正直、こんなことを書いたら、ブログが炎上してしまうのではないかと思いますが、あいにく、「しょこたんぶろぐ」にはコメント、トラックバック機能がないので、読者の反応のほどはよくわかりません。
中川氏の言い分には賛否両論あるでしょうが、私の中では圧倒的に中川氏を支持する立場にあります。中川氏は私と同学年ですしね。
「いじめられる側にも問題がある」「心が弱い」などと、被害者の側にも問題はあることは事実です。私も、いじめにあったくらいで自殺するなんてばかげていると思いますし、親や先生に相談できないなら、とりあえず仮病でもなんでも使って学校を休めば、気持ちが落ち着いて、自殺は考えないと思います。結果、引きこもりになったとしても、死ぬよりはずっとましなわけですから。
自殺するもしないのも、いじめられる側の決断次第。ならば、たかだか学校という小さな世界での、いじめっ子からの圧迫に屈することなく、強く生きなければならないでしょう。自殺は最悪です。
でも、いじめられる側の心の弱さにも、同情の余地はあります。
性格というものは、育ってきた環境によって決まるものであり、その環境を与えるのは親です。どういう性格に育つのかは、本人にはどうしようもない側面があり、その性格によっていじめの対象になりやすくなったとしたら、その子は保護者が全力でサポートする必要があると思います。
そう、「3つ子の魂百まで」と言われるように、育った環境が性格を左右するのなら、性格がどうなるのかはもはや運次第です。親のしつけ方、兄弟の有無、近所の友達や世話してくれるおじちゃん、おばちゃんの有無、あるいは保育士のスキル……。これらの条件を決める能力は子ども本人にはありません。自分が属する環境を自分の意思で決められる年齢は、中学、高校受験まで待たなければならない人が大半です。
だから、いじめられる側に問題の多くを求めるのは、その子にとって酷な話です。繰り返しますが、自分がどんな環境に属するかは、運の要素が極めて大きいのです。それは学生時代のクラス替えから、社会人になってからの出会いの機会まで、一生ついてまわる不確定要素です。
私はやはり、問題にすべき点は、①いじめる側の愚かさ②被害者を守るべき立場にある人の対応、にあると考えます。
これは私の実体験に基づく話ですが、実際にいじめられた経験のある人は、決していじめる側を擁護できないものです。彼らは一方的に私に傷を負わせるばかりで、私にとって良いことなど何もないのですから。
そして、いじめられる側は、そう簡単にはやり返せないものです。自分の立場が弱いことは重々承知していますし、抵抗したらさらに悪いことになるということは、本能的なレベルで察知することができるのです。そんなことを考える被害者の精神を、批判することができますか?
いじめられたことのある人は、決して他人をいじめたりはしません。仲のいい友達にちょっときつい冗談を言うことはありますが、節度は守りますし、親しくない知り合いに対しても、その人が自分にとって害のない人なら失礼のないように振る舞おうと考えます。まあ、嫌いな人には正直、関わりたくないという気持ちは働きますが。
いじめる側は、自分より力が劣ると見える者に対して、嫌がらせをすることによって、ストレスを解消して楽しんでいるのです。ただ、それだけなのです。彼らにとっても大した利益はないのです。もちろん、被害者側は悩み、苦しみぬきます。本当に、いじめってなにもいいことはないですよね。それでも、いじめられる側に責任を追及しますか?
いじめに苦しんでいる人は、気付きましょう。奴らのストレス解消のためだけにこんなに苦しんでいることが、いかにばかばかしいかということを。
どうやっていじめの苦しみから抜け出すかは、また複雑な問題になりますが、ここで重要な要素となるのが、生徒を保護する立場にある教師です。
教師は誰も、いじめに関わりたくないとは思っていないし、それによって仕事の量は増えても給料は変わりませんから、教師にとってもいじめはなにも利益にならない。教師にもストレスです。
そこで私が考えることは、教師の皆さんは、別にいじめを根絶やしにしようと考えなくてもいいから、せめて、自分が関わる全ての生徒に対して、分け隔てなく接してほしいということです。
いじめられるような人は、他人が自分をどう評価しているのかということに対して、非常に敏感になります。そして、他人のこともよく観察しようという傾向があります。そういう中で、本来、守ってもらわなくてはならない立場にある教師が、自分のことを無視していると感じたら、ただでさえ性格が弱いいじめられっ子の悩みが、さらに重くなってしまいます。
悪いことに、生徒を差別する教師は少なくありません。私も、そういう教師は数多く見てきました。特に、いじめられるような生徒は、教師もいい印象を持たないため、無視されがちです。
私も、ある一人の教師から差別を受けたことがあります。その教師とは、3年間にわたって生徒と担任という間柄でしたが、いい思い出があまりありません。その教師は気さくな性格で、物事をはっきり言うタイプなのですが、得てしてそういう教師ほど敵を作りやすいもので、私だけでなく、多くの人がその教師を嫌っていました。私はその教師には中学卒業以来、もう6年間も関わっていませんが、いまだにその教師から受けた暴言を忘れることができませんし、許せません。いじめられた経験のある人は、嫌な事をずっと引きずるものです。
傷は、長い時間をかけないと癒えません。しかし、傷を負わせた側は、その事実をすぐに忘れます。あまりにも不公平です。
ここで、中川氏(しょこたん)のブログの記事の感想ですが、私も、いじめた側には厳しい罰を与えなければいけないと思います。そうしないと、彼らは決して反省しませんから。人をいじめて楽しんでいるような人は、被害者が自殺しても、特に厳しいお咎めがなければ、さっさと忘れて次のことを考えると思います。そして、ろくな大人になりません。
人は殺してはいけません、ということは誰でも知っていますし、実際に人を殺したら重い罪になることも、誰でも知っていることです。でも、いじめるという行為が悪いことであるということは、あまり認識されていないのではないでしょうか?いじめた相手が自殺したら、間接的であるにせよ、これも一種の殺人です。だいたいわかるじゃないですか、「こいつをいじめ続けていたら、自殺するんじゃないか」って。そんな空気くらい読んでほしいですよね。
いじめという行為を、殺人と同じ重さの罪ととらえるのは無理がありますが、彼らにも重罰を与えるべきであると思いますし、今後は、犯した行為に相応の十字架を背負って生きるべきだと思います。
社会的に見て強い人間、普通の人間というのは、人間全体の相対的な基準から見たものであり、人間の中には、もちろん弱い人間もいます。強い人間も弱い人間もバランスよく存在するから、社会が成り立っているのです。現代の経済と同じです。莫大の利益を上げる大企業と、その陰で安い賃金で働く労働者がバランスよく融合しているから、今の日本の「実感できぬ好景気」が発生したのです。年収1億の大金持ちも、年収200、万のフリーターも、日本経済を支えるのには必要な存在ですし、強い子も、弱い子も、学校社会の中では必要なのです。土台がないと、城は建たないんですから。人の上に立つ人は、その事実を見逃してのぼせ上がってしまいがちです。
弱い子にできて、強い子にできないことがあるという事実を、人々は見落としがちです。そして、誰も望んで弱い子になりたいとは思いませんし、みんな、できればもっと強くなりたいと考えているものです。
そういう中で、恵まれた立場にある強い子が過ちを犯したら、それなりに叩かなくてはならないのは当たり前のことです。そうしないと、強い子が自分の力を過信してしまいます。
一連のいじめ苦自殺報道の中に、教師がいじめてに加担していたという事件がありました。もう絶句です。論外です。即刻懲戒免職、教員免許取り消し、服役して、人との関わりの少ない仕事に就いて第二の人生をやり直せ、と思います。見せしめの意味でも、加害者に甘くしていてはいけません。
冒頭の中川氏の言い分はちょっと過激すぎると思います。中川氏は、自分の言動を常に注目される著名人であり、その自覚を持って節度のあるブログを書く責任があると思います。しかし、彼女は間違ったことは言っていないと思います。
「いじめられやすい性格」をもった時点ですでにたくさん損しているのに、そこへ追い討ちをかけられたら、誰でもへこみますよ。
弱い人間の愚痴は絶えませんよ。悩みもたくさんありますよ。そこへ、強い人間のストレス解消の道具にされたら、生きる気力も失いますよ。
被害者も、それなりに努力しています。明るく振る舞ったり、失礼のないように振る舞ったり、面白いことを考えたり……ちょっとずれていたとしても、「弱いこと」は罪ではないし、それは個性でもあるのですから、強い人が弱い人を受け入れないと、今後ますます日本は荒廃した国になるばかりです。
本当の意味でいじめられたことのない人に、いじめられる人の気持ちはわからないです。一度いじめられてみたらどうですか?無理でしょうけど。
いじめっ子に友達の少ない人はいません。いじめられっ子に友達の多い人はいません。
どこに行ってもアウェーの心地で、その人のらしさは出せません。
いじめる側は、多くの場合、多人数でいじめという行為を働いていますが、実際には、彼らは強い者のようで、大したことはないんですけどね。
群れないと、自信をもって振る舞えないのは、いじめっ子の資質のある人の典型的な性質です。奴らはつるまなきゃ脅威にならないんです。そして、一人でいても強い人は、決していじめには加担しません。
実際、いじめる側が一人で行動すると、案外脆かったり、大人しかったりします。そして、仲間と合流すると、悪さをする精神が目を覚ますのです。
もしかしたら、いじめっ子の首謀といじめられっ子が1対1で言論を戦わせると、いじめられっ子が勝つかもしれません。いじめられっ子は一人で物を考えたり行動したりすることに慣れていますから、誰にも頼らずに自分を出せます、その分、人と協調するのが苦手で、いじめられてしまうことがあるんですけど。
いじめられる側は、「奴らは単体では大したことない。だから1対1に持ち込んで、あるいは先生に加勢してもらってこっちの2対1で戦えば、勝てる」という事実をうまく生かしてほしいですね。
やっぱり、いじめは重大な罪ですよ。いじめる側にも傷を残さないと、成長できませんし、いじめがとても悪いことだと知らないと、いじめは絶えません。
飲酒運転の事故が相次いで、たくさんの人が亡くなって、飲酒運転の取り締まりや罰則が強化されました。
いじめ苦による自殺が相次いだのだから、いじめの取り締まりや罰則が強化されてもいいのではないでしょうか?いじめ=厳しい罰を受けると知れば、いじめをやろうと考える生徒は必ず減るはずです。見せしめです。
ドラマ「14歳の母」のように、妊娠して退学させられるなら、いじめで人を殺して、退学させられてもおかしくないと思います。
退学させて、更正施設に入れて、とても厳しく扱って、そして、ちゃんと中学ないし高校卒業の資格を与えて、新しい人生を始めれば、真人間に戻れると思います。
私も、自分の仕事を正当に評価してほしいと思いますし、もっと人に愛されたいです。
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